※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。改訂履歴は記事の最後に記載しています。
【80:20の法則】マラソントレーニングの強度配分を最適化し持久力を向上させる
- ランニングでどのくらいの頻度で負荷が高いトレーニングを行えば効率的か教えて
- トレーニング強度の定義は?
- マラソンに向けてポイント練習はどのくらいやればいいの?
マラソンに向けたランニングトレーニングにおいて、どのくらいポイント練習(=強度と負荷が高いトレーニング)を行えばよいかわからないランナーの方も多いのではないでしょうか。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程を走り競技志向でランニングに取り組んでいます。
私自身も、練習のやりすぎによって記録が伸び悩んだり怪我をした経験があり、練習強度を適切に配分することが重要だと学んできました。
マラソンを含めた長距離競技においては、適切な強度配分のトレーニングを継続的に行う(=怪我無く)ことで、長期的にパフォーマンスを向上させることが重要、と考えています。
本記事では、この考えが正しいと証明できる事例をいくつか紹介し、トレーニング強度配分の最適化について考察します。
- 「怪我」をせずにトレーニングを継続することが記録向上のポイント
- トレーニング強度を定量化して把握する
- 低強度:高強度=80:20が適切な強度配分
- トレーニング強度は「心拍数」で把握する
トレーニング強度配分が記録向上に重要な理由
継続的な記録向上にはトレーニング強度配分が重要です。
私自身、2018年12月にランニングトレーニングを本格的に開始しました。2020年12月に膝の故障を患ってしまいトレーニング離脱をせざるを得ない状況になりました。
怪我以降、最も調子が上がっていた2020年11月から半年間、記録の向上はおろか、ベストにも戻っていない状況になりました。
負荷が高い練習ばかりしていると、トレーニング効果が得られないだけでなく、逆にパフォーマンスが低下したり、最悪の場合私のように怪我につながってしまいます。
2021年びわ湖毎日マラソンにて、日本記録を更新し優勝した鈴木健吾選手のコメントにて、「記録達成のポイントは怪我無く練習を継続的に積めたこと」とありました。
また、市民ランナーで世界レベルまで到達した川内優輝選手は、サブ20の達成回数でギネス記録を持っていることからもわかる通り、非常に故障が少ない選手です。
高校時代に怪我で悩んだため、大学では練習強度を下げて競技に取り組んだ結果、箱根駅伝に学連選抜で出場するまで飛躍しました。
社会人になってからも、実業団ランナーと比較して少ない練習量であるにも関わらず、フルマラソンでトップに君臨したこともあります。
このように、トレーニング強度を適切に設定することで練習を継続することが記録向上のポイントであると言えます。
トレーニング強度を定量化して把握する
トレーニング強度配分を最適化するためには、まず、トレーニング強度を定量的に定義する必要があります。
具体的に言うと、今自分が行っているジョギングやインターバルトレーニングはどの程度の強度なのか?ということです。
トレーニング強度を定量する方法はいくつかありますが、その中でも市民ランナーが取り入れやすい強度定義は酸素摂取量(%VO2max)か心拍数(%HRmax)です。
最大酸素摂取量(VO2max)=最大心拍数(HRmax)=100%を最大強度と定義します。
酸素摂取量の相対値%VO2maxと心拍数の相対値%HRmaxを用いて、各トレーニングがどのくらいの強度なのかを定量的に把握することが可能となります。
酸素摂取量と心拍数の換算については、下記の式で行います。
- 最大心拍数(HRmax)=220-年齢
- 予備心拍数=最大心拍数-安静時心拍数
- 目標心拍数=予備心拍数×目標運動強度(=%VO2max)+安静時心拍数
練習毎に上記の式を使って目標心拍数を計算するのは面倒です。表1に%VO2maxと%HRmaxの換算表を示します。
市民ランナーの間でよく知られている、ダニエルズのランニング・フォーミュラ、アドバンスト・マラソントレーニング(第三版)における、各ペース対応も記載しました。
%VO2max | %HRmax | ダニエルズ ランニング・フォーミュラ | アドバンスト ・マラソントレーニング |
---|---|---|---|
100% | 100% | Iペース | ー |
99% | 99% | Iペース | ー |
98% | 98% | Iペース | ー |
97% | 98% | Iペース | ー |
96% | 97% | Iペース | ー |
95% | 96% | Iペース | ー |
94% | 95% | CVペース | VO2max |
93% | 95% | CVペース | VO2max |
92% | 94% | CVペース | VO2max |
91% | 93% | CVペース | VO2max |
90% | 92% | CVペース | VO2max |
89% | 92% | Tペース | LT走 |
88% | 91% | Tペース | LT走 |
87% | 90% | Tペース | LT走 |
86% | 89% | Tペース | LT走 |
85% | 89% | Tペース/Mペース | LT走 |
84% | 88% | Mペース | LT走/マラソンペース走 |
83% | 87% | Mペース | LT走/マラソンペース走 |
82% | 86% | Mペース | LT走/マラソンペース走 |
81% | 85% | Mペース | LT走/マラソンペース走 |
80% | 85% | Mペース | LT走/マラソンペース走 |
79% | 84% | Mペース | LT走/マラソンペース走/ロング走 |
78% | 83% | Mペース | LT走/マラソンペース走/ロング走 |
77% | 82% | Mペース | LT走/マラソンペース走/ロング走 |
76% | 82% | Mペース | LT走/マラソンペース走/ロング走 |
75% | 81% | Mペース | ロング走/有酸素走 |
74% | 80% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
73% | 79% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
72% | 79% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
71% | 78% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
70% | 77% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
69% | 76% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
68% | 76% | Eペース | ロング走/有酸素走 |
67% | 75% | Eペース | ロング走/有酸素走/回復走 |
66% | 74% | Eペース | 有酸素走/回復走 |
65% | 73% | Eペース | 有酸素走/回復走 |
64% | 72% | Eペース | 有酸素走/回復走 |
63% | 72% | Eペース | 有酸素走/回復走 |
62% | 71% | Eペース | 回復走 |
61% | 70% | Eペース | 回復走 |
60% | 69% | Eペース | 回復走 |
59% | 69% | Eペース | 回復走 |
58% | 68% | Eペース | 回復走 |
57% | 67% | Eペース | 回復走 |
56% | 66% | Eペース | 回復走 |
55% | 66% | Eペース | 回復走 |
90%VO2maxの強度でトレーニングしたいと考えた場合、およそ最大心拍数HRmaxの92%に到達するペースでトレーニングすればよい、ということになります。
ダニエルズ理論で言うとCVペースと呼ばれる強度域であり、アドバンスト・マラソントレーニングではVO2maxに分類されます。
心拍数でトレーニング強度を管理することでトレーニングにおいて伸ばしたい能力が明確になります。
心拍計付きのランニングウォッチを使えば容易に心拍数を把握することが可能ですが、ランニングウォッチで測定できる心拍数は精度が低くなってしまうため、アームバンド式か胸ベルト式の心拍計がおすすめです。
このように、トレーニング全体の強度配分を最適化するには、まず、自分が行っているトレーニング強度を定量化することが必要になります。
トレーニング強度の区分定義
定量化したトレーニング強度区分を定義します。
普段練習をするときは、最大酸素摂取量向上・乳酸性作業閾値・有酸素能力のどこかにフォーカスしてトレーニングを行います。
エンデュランストレーニングの科学では、下記表2のようにトレーニング強度が分類されています。
強度区分 | %HRmax | 目的 |
---|---|---|
低強度(LIT) | 79%以下 | 有酸素能力 |
閾値(ThT) | 80~88% | 乳酸性作業閾値 |
高強度(HIT) | 89%以上 | 最大酸素摂取量 |
以下のように5zoneに強度を細分化している例もあります。
※ダニエルズのランニングフォーミュラやアドバンスドマラソントレーニングの強度分類とは異なります。
運動強度 | 強度名称 | 強度区分 | ※1 %HRmax | ※2 %VO2max | ※3 血中乳酸濃度 mmol/L |
---|---|---|---|---|---|
zone1 | Easy | 低強度 | 60~71 | 50~65 | 0.8~1.5 |
zone2 | Moderate | 低~中強度 | 72~82 | 66~80 | 1.5~2.5 |
zone3 | LT | 中強度 | 83~87 | 81~87 | 2.4~4.0 |
zone4 | OBLA | 高強度 | 88~92 | 88~93 | 4.1~6.0 |
zone5 | VO2max | 高強度 | 93~100 | 94~100 | >6.1 |
Sprint | 高強度 | - | 100~ | - |
- ※1 %HRmax:最大心拍数に対する割合。
- ※2 %VO2max:最大酸素摂取量に対する割合。
- ※3 血中乳酸濃度:血液中の乳酸濃度。専用の測定機器でしか測ることができない。競技レベルが向上すると、同じ強度でも血中乳酸濃度の数値は低下する傾向がある。
私たちランナーは、このように区分されるトレーニングを最適な割合で織り交ぜることによって、トレーニングを怪我無く継続し、パフォーマンスを向上していく必要があります。
次からは、どのようなトレーニング強度割合がパフォーマンスを向上させるために最適なのかを説明します。
最適なトレーニング強度配分【80:20】
結論として最適なトレーニング強度配分は、低強度:高強度=80:20です。
エリート選手がどのような強度配分でトレーニングを行っているのかを例に挙げて説明していきます。
ノルウェーボート競技選手の例
1970年代から1990年代に世界大会やオリンピックでメダルを獲得した実績のあるノルウェーのボート競技選手に対して、トレーニング強度配分の数値化を行いました。
1970年代から1990年代にかけて下記の通りの変化があったことが分かっています。
- トレーニング総量が20%増加した
- HITの1か月当たりの時間数が1/3に減少し、LITが増加した
- 極めて高強度の全力疾走トレーニングが85~90%VO2maxのトレーニングに移行した
- 高所トレーニングの回数が増加した
本例では、30年に渡りパフォーマンスを向上させてきた過程を調査しています。
高強度トレーニングの量を増やすのではなく、低強度トレーニングでトレーニング総量を増やし、高強度トレーニングは少し強度を落とした、という点が着目すべき点だと思われます。
上記のような持久系アスリートの強度配分にまつわる様々な研究をまとめると、トレーニングの約80%をLIT、20%をThTまたはHITに割いている傾向がある事が分かっています。
80%:20%という強度配分が最適なものなのか、単なる慣習に過ぎないのかという疑問があります。
有名な指導者のトレーニング方法がたまたま80%:20%であり、それを習ってトレーニングを行ってきたアスリートを統計しただけの可能性もあります。
クロスカントリースキー選手の例
トレーニング強度配分の最適値を明らかにするため、20人のクロスカントリースキー選手を対象とした研究がおこなわれています。
前提として本研究の直前まで、20人の選手はトレーニングの84%を60~70%VO2max(LIT)、残り16%を80~90%VO2maxとしていました。
20人の選手を無作為に中強度(MOD)と高強度(HIGH)のグループに分けました。
MODはそれまでと同一のトレーニング強度配分を維持し週16時間のトレーニングを行いました。
HIGHはトレーニングの83%を80~90%VO2max、残り17%をLITとする強度配分に変更し、週12時間のトレーニングを行いました。
HIGHはMODに比べて、HITを5倍程度行っていたことになります。
その結果、両グループにおいて乳酸輸送担体の量に変化は見られたものの、パフォーマンスの向上はほとんど差異が無かったようです(次サイトで要約が確認できます)。
この事実や、過去の様々な研究事例から、ある一定以上に高強度トレーニングの割合を増やしても、パフォーマンスが線形に上昇していくことはない、ということが分かります。
低強度と高強度に二極化させるトレーニング手法:ポラライズドトレーニング
このように、低強度と高強度に二極化させるようなトレーニングモデルを「ポラライズドトレーニングモデル」と呼びます。
ポラライズドトレーニングモデルはあらゆる論文でも推奨されているようなモデルになっています。
ポラライズドトレーニングモデル以外のトレーニングモデルとしては、ピラミッド型やスレショルド型があります。これらについては次の記事で紹介しています。
高強度の割合を増やすことによる影響
トレーニング強度配分における高強度トレーニング(HIT)の割合を一定以上に増やしても、パフォーマンス向上への寄与が小さいのはなぜなのか、その理由について考察します。
まず、論文のデータだけではHITが実際どの強度で行われていたのかわからないということです。80%VO2maxと90%VO2maxでは得られる効果が全く異なります。
HITの割合を増やしていくと、疲労の蓄積によってトレーニングのパフォーマンスが低下します。結果的に「狙っていた強度で高強度なトレーニングが行えていないのではないか」と考えられます。
一方、LITの割合を増やしHITの割合を比較的少なめにしておけば、LITは疲労が溜まらないため、HITにおけるトレーニング強度は高められる傾向にあります。
また、怪我のリスクも挙げられます。トレーニングが高強度であればあるほど怪我のリスクが高まり、怪我によるトレーニング離脱を余儀なくされる可能性が高くなります。
これらを総合的に考慮すると、HITの割合を増やしても、結果的にパフォーマンスの向上に結び付いていないのではないか、と考えています。
高強度トレーニングを最適化する
ここまでで、持久性パフォーマンス向上を狙ったトレーニングにおける強度配分は、低強度:高強度=80%:20%が適切である、と述べてきました。
しかし、高強度トレーニングにも幅があります。90~100%VO2maxの幅があり、90%VO2maxと100%VO2maxでは体感強度にかなり大きな差があります。
高強度トレーニングの一例として、インターバルトレーニングがあります。
次の記事で紹介しましたが、HRmaxの90%までで8分×4のインターバルを行ったグループは、HRmaxの88%、HRmaxの94%で行ったグループよりも、VO2maxの向上が高かったということです。
これは、ノルウェーボート選手のトレーニング変遷と合致する結果です。
場合によってはトレーニング強度は高ければよいというものでもなく、そこそこ高い強度で量をこなすことが重要であるということができそうです。
トレーニング強度配分における重要ポイントまとめ
- トレーニング強度配分を考えるためには、まずトレーニング強度を定量化する必要がある。定量化する方法は、VO2maxとHRmaxの相対%を使うことが最も簡便である。
- トレーニング強度を定量化したうえで、強度区分(LIT・ThT・HIT)を定義し、それぞれのトレーニング目的を明確にする
- 持久系アスリートのトレーニング強度配分としてはLIT:ThT/HIT=80:20が最適であるのは経験的に示されている。
- トレーニング強度配分を適正化することで、長期的なパフォーマンス向上が望める理由には、怪我無くトレーニングを継続できること、オーバーワークによるパフォーマンス低下を防げることがある。
- 高強度トレーニングにおいては、強度を少し下げ、量を重視することで、高い効果を得ることができる可能性がある。
故障続きの方や、なかなか調子が上がってこない方は、一度自分のトレーニング強度配分を見直してみてはいかがでしょうか。
参考文献:
コメント
コメント一覧 (2件)
難しい言葉ばかりだった。
運動強度の求め方を詳しく教えてほしいです。
市民ランナーで血中乳酸濃度が測定できない場合、運動強度は以下の2通りで求めます
・%VO2max(=設定ペース)
・%HRmax(=最大心拍数に対する心拍数率)
自分が走っているペースがどのくらいの%VO2maxになっているかは、表を使わないと計算できません。次の記事で、自分のVDOTと設定ペースがどのくらいの%VO2maxに相当するのかを算出できる表がありますので、ご参照ください。
https://shuichi-running.com/lt-tr-variation/
心拍数による決め方に関しては、
例えば、最大心拍数が190回/分である事が分かっている場合、
90%HRmaxは、運動中の心拍数が171回/分となる程度の強度、ということになります