- 乳酸性作業閾値を高めるトレーニングって、20分間のLT走しかないの?
- マラソンペースのトレーニングではLT値が向上しないの?
フルマラソンに向けたトレーニングを行っているランナーの中で、「マラソンペースのトレーニングだとLT値は向上しないの?」と思っている方もいらっしゃると思います。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程を走り競技志向でランニングに取り組んでいます。
ハーフマラソンで1時間12分29秒程度の実力です。
私自身も、乳酸性作業閾値(LT値)を向上させるため、継続してLT走に取り組んでいます。
ここではLT走(ペース走)にバリエーションつけて、トレーニングの個別性や特異性を出すことについて記載していきます。
LT値、LT走の詳しい説明は次の記事をご参照ください。
結論から言うと、マラソンペースのランニングでもLT値を向上させることは可能です。
本記事を読めば、LT値向上の原理を理解することができ、普段のトレーニング目的をより深く理解できるようになります。
トレーニングの原理原則とLT走への応用
一般的に、トレーニングが体に与える効果には、以下の原理原則が知られています。
- 「過負荷の原理」:一定以上の負荷を与えることで、機能が向上する
- 「特異性の原理」:刺激した機能だけに効果が表れる
- 「可逆性の原理」:トレーニングで得られた効果も、やめてしまうと徐々に失われる
- 「全面性」:全身バランスよく鍛えることが大事
- 「個別性」:個人の特性や能力に合わせたトレーニングをする
- 「意識性」:トレーニングをするときに意識の持ちようによって効果が変わる
- 「漸進性」:運動強度を少しづつあげていく
- 「反復性」:トレーニングは継続して行うことで効果がある
この中で、今回は「特異性」及び「個別性」に焦点を当てていきます。
LT走として市民ランナーに最も知られているのは、乳酸性作業閾値のTペースで20~30分間のランニングを行うテンポ走と、一度に走りきるのではなく、分割したインターバルで行うクルーズインターバルです。
両メニューは、有名なダニエルズのランニング・フォーミュラにも載っていて、LT値を向上させるための代表的なトレーニングとして紹介されています。
しかし、長距離種目は5000mからフルマラソンまで様々ある中で、設定ペースと走行時間がほぼ一択というのは、納得できない点ですよね。
ハーフマラソンはほぼLTペースで走りきる種目であるため、私自身もLT走のペースとハーフマラソンの記録が相関していることは体験しているのですが、果たしてフルマラソンにも同様のことが言えるのかというと、なかなか難しいところです。
ハーフマラソンで好記録を出せるスピードを持っていても、フルマラソンでは記録が残せないパターンも数多くあります。
そこで今回は、LT走を幅広い種目に適用させるため、ペース設定と走行時間にバリエーションをつけ、トレーニングの「特異性」と「個別性」を出していこう、というテーマになります。
LT走におけるペース設定方法
では、本題のLT走におけるペース設定と疾走時間の決め方について考察していきます。
■LT走におけるペース設定を変更することによる影響
「LT走は、LT値付近で疾走するから、乳酸性作業閾値を上昇させることができるのでは?」という疑問も聞こえてきそうです。しかし、考えてみてください。乳酸値が急激に上昇し始めるペースは、個人差があるということ、また、乳酸値が上昇し始める領域はある程度幅を持っているはずです。
乳酸は、どんな強度の運動でも常に発生しています。運動強度によって乳酸の発生量に差が出ることになります。
具体的に、LT値を決める要素としては下記が考えられます。
- 脂肪をエネルギーとして変える能力
- 発生した乳酸をミトコンドリアでエネルギーに変える能力
- 中間型速筋繊維の発達
脂肪をエネルギーに変える能力に長けていると、そもそも乳酸の発生量が少なくなります。なぜなら、乳酸は糖質をエネルギーとして代謝する際に発生する物質だからです。
運動強度を下げることで脂肪をエネルギーとして使う割合は増えます。LT走のペース設定を下げると、脂肪をエネルギーとして使う能力の向上が見込めそうです。
乳酸が発生しても、それをエネルギー源として再び消費することができれば、血中乳酸濃度を下げることができます。この能力には、乳酸を運搬する速度と乳酸を酸化する能力に分けられます。
乳酸を運搬する速度と乳酸を酸化する能力は、できるだけ乳酸を多く発生させることで最大限に働くことが予想されるので、LT走のペース設定を下げると、これらの効果は下がってしまうことが予想されます。
注目したいのは中間型速筋繊維の存在です。別の記事で詳しく解説していますが、中間型速筋繊維は「速筋繊維」の力を発揮しながら「遅筋繊維」と同様にミトコンドリアを含みます。
強い力を発揮すること、「糖質・脂肪・乳酸」を完全酸化し遅筋のような持続的なエネルギー産生を同時にすることができます。
中間型速筋繊維は、速筋繊維と同様、運動強度を上げることで動員されますので、ペース設定を下げると、中間型速筋繊維への刺激量は減ることになります。
■ペース設定を下げることによる影響を疾走時間でカバーする
上記で説明した通り、LT走におけるペース設定を下げることで、乳酸処理及び速筋繊維への刺激量が減ることが予想されます。ただし、効率は確かに悪くなるのですが、代わりに刺激時間を増やすことで、同様の効果が得られることは予想できますよね。
そのため、LT走におけるペース設定を下げた場合は、疾走時間を伸ばすことで、本来LTペースで得ようとしていた場合と同様の効果を得ることを狙います。
■実際のペース設定方法
知りたくなるのは、「LTペースで20分間走ることによって得られるLT値向上への効果と同等の効果を得るためには、どんなペースでどのくらい走ればいいのか」ということです。実はこの疑問に対する確からしい回答を準備することができます。
先日、gokkyさんがTwitterにて非常に貴重なデータテーブルをあげていらっしゃいました。
※gokkyさん作成。とても有用な情報でしたので、自己責任で転載させていただきました。
こちらの表で今回着目する点は、Tpace_20minの列とTpaceのその他の列です。本表が意味するところは、「LTペースで20分走ることと同等の効果を得るのに、少し落としたペースでは何分走る必要があるのか」ということです。例として私自身のLTペースで見てみます。
私自身のTペースは3:32/kmです。3:32/kmで20分間走るとTペースのテンポ走になりますが、LT走としては十分効果の高い練習です。Tペースに関してはVDOT Calculatorで計算することができます。
では、「3:39/km」にペースを落とした場合、何分走れば十分な効果が得られるかというと、この表から「40分間」になります。このように、同じ効果を得るための練習でも、ペースと走行時間にバリエーションをつけることができます。
LT走にバリエーションをつける目的
では、LT走におけるスピードと走行時間にバリエーションを付けた場合、どのような効果が期待できるでしょうか。
まず、トレーニングの「特異性」を出すことができそうです。一つ例を考えてみます。
LTペースで20分間ランニングするのと同じ効果を得ようとした場合、マラソンペースまで落とすと、60分間のマラソンペースによるランニングが必要になります。この場合、「フルマラソン」に向けたトレーニングとして非常に「特異的」だと考えられます。
単純に20分間のLT走よりも60分間のマラソンペースによるランニングで乳酸性作業閾値向上を狙った方が、フルマラソンの記録向上のためには良い効果が期待できる可能性があります。以下で簡単に理由を考察します。
60分間のマラソンペースでのランニングでは、20分間のLT走よりも間違いなくグリコーゲンを消費した状態でランニングを継続することになります(特に後半)。
2.でも説明させていただいた通り、糖質を消費した状態で走ると「脂肪をエネルギー源として使いながら」走ることになるので、脂肪を使う能力を向上できることを見込めます。
また、「個別性」を見出すこともできそうです。ランナーの皆さんにはそれぞれ得意・不得意があるだけでなく、練習できる時間や場所も人それぞれで(常に陸上競技場のトラックで練習できる人もいればそうでない人もいる)、年齢も性別も違います。
そのような中で、全員にとって、LTペースによるトレーニングが最も効果が高いと言い切ることも難しいと考えています。少しペースを落として長めに走ったりするバリエーションを取り入れることで、少し余裕を持ったランニングフォームで走り始めることもでき、結果的にトレーニングの再現性や効果が上昇する可能性もあると考えています。
このように、狙っているレースに合わせてペース設定を変更したり、ランナーが置かれている環境に合わせてペースや疾走時間を調整することで、LTへの刺激は維持しながらも「特異性」や「個別性」を出してトレーニング効果を高めていけると考えています。
まとめ
今回はLT走のペースにバリエーションをつけて、「特異性」と「個別性」を出し、トレーニング効果を高めていく、という内容を紹介しました。ポイント事項をまとめます。
- LT値向上を目的とした場合、同じ効果を得るためであっても設定ペースと疾走時間にはバリエーションをつけることができる
- 記録を狙った種目に合わせて「特異性」を出すことができ、より効果の高いトレーニングになりえる
- 「個別性」も考慮することができるため、ランナー毎に違う特徴や置かれている環境に合わせて、トレーニング条件を変更できる
いかがだったでしょうか。LTペースまではいかないが、一定のペースで走るトレーニングの「設定ペース」に悩んでいる方も多いかと思います。本記事を参考に、狙っている種目に合わせて、また、自分の特性に合わせて、LT走をアレンジしてみてはどうでしょうか。
参考文献:
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