※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。改訂履歴は記事の最後に記載しています。
【市民ランナー 川内優輝選手 練習メニュー公開】自己ベストを更新し続ける理由
- フルマラソンランナー 川内優輝選手の練習メニューが知りたい
- 川内選手はなぜ自己ベストを更新し続けることができるの?
2021年びわ湖毎日マラソンにて鈴木健吾選手が2時間4分56秒で優勝されましたが、その裏では、川内優輝選手が8年振りに自己ベストを更新され、2時間7分27秒という記録を達成されました。
2023年大阪マラソンでは、自己ベストに迫る2時間7分35秒を記録しています。
川内優輝選手はもともと、公務員をしながらマラソントップランナーとして活躍されており、公務員でありながら2時間8分14秒(2013年)という自己ベストを持っていました。
2019年からプロに転向。今回2021年びわ湖毎日マラソンにて念願の自己ベスト達成を果たされたと同時に、自身のトレーニングメニューを公開しました。
川内選手は、サブ20達成回数でギネス記録を持っており、非常にレース結果が安定しています。
市民ランナーとして、尊敬する選手であると同時に、練習内容から学ばせていただくため、今回、記事としてまとめさせていただきました。
※一部表現を変更しております。
川内優輝選手 トレーニング内容
川内優輝選手は、2013年、2021年、2023年にフルマラソンにて好タイムを記録しています。
- 2013年(25歳):2時間8分14秒(ソウル国際マラソン)
- 2021年(33歳):2時間7分27秒(びわ湖毎日マラソン)
- 2023年(35歳):2時間7分35秒(大阪マラソン)
各年における、練習メニューをそれぞれ公開されていますので、そちらを紹介します。
2013年の練習メニュー(Twitterより記載)
まずは、過去市民ランナー時代に達成した自己ベスト2時間8分14秒の時のトレーニングメニューです。
※一部表現を変更しております。
2月
3日 別府大分毎日マラソン 2:08:15 優勝
4日 rest
5日 JOG18km
6日 JOG5km
7日 JOG20km
8日 JOG16km
9日 JOG20km
10日 駒沢公園30km 1:43:39
3:30/km,ラスト1周3:07/km(最後1.1kmペースアップ)
11日 JOG24km
12日 JOG19km
13日 JOG22km
14日 9km 28:35
ラスト1kmは2’45+1km×2(3:10/km-R200m43秒-1km2:45)
15日 JOG18km
16日 JOG14km(途中1km刺激2:52)
17日 熊日30km 1:29:31
18日 JOG19km
19日 JOG15km
20日 JOG20km
21日 9kmペース走(3:24/km・ラスト1.5km3:04/km)
22日 JOG19km
23日 JOG18km
24日 駒沢公園30km:1:42:47
3:30/km,ラスト1周2:51/km(ラスト2.14kmペースアップ)
25日 JOG20km
26日 JOG18km
27日 9kmペース走 26:58
3:05/km・ラスト1km2:37/km
28日 JOG19km
3月
1日 JOG18km
2日 JOG17km(途中1km刺激3:00)
3日 玉名ハーフマラソン1:03:02 2位
4日 JOG14km
5日 JOG20km(この日から左股関節に痛みが出る)
6日 JOG22km
7日 1000m×10本(2:58・R200m46秒)37:05
8日 JOG17km
9日 JOG20km
10日 駒沢公園21.4km 1:12:04
3:25/km・ラスト1周2:55/km
11日 rest
12日 JOG20km
13日 9kmペース走 26:57
3:02/km・ラスト1km2:39/km
14日 JOG18km
15日 JOG16km
16日 JOG17km(途中1km刺激3:03)
17日 ソウル国際マラソン 2:08:14
2021年 びわ湖毎日マラソン前 トレーニングの前提条件
- ポイント練とロングジョグ以外は15〜25kmJOG
- ジョグは4:50〜5:10/kmくらい
- 1日1回練習
- 1月の月間走行距離 767km
- 2月の月間走行距離 644km
- 故障箇所なし
- ポイント練は基本的には合宿中を除いて試合も含めて週2回
- 今回2021年のペーサーの関係でプチポイントが増加
- 1日1回の走練習以外に週3回くらい約20〜30分かけて筋トレ→ゴムチューブや自作シャフトなどが中心で筋トレのためのジム通いはしていない
2021年の練習メニュー(Twitterより記載)
2月
7日 6kmペース走(3分30/km)+3kmペース走(3分30/km)+4kmビルドアップ(3分17-3分7-3分1-2分50) セット間リカバリー1km4分
8日 30kmJOG
9日 JOG
10日 4000m(2:53/km平均)+1000m(2:39)→トータル14:12※コモディ練
13日 JOGの途中に1km刺激
14日 実業団ハーフ 63:21
18日 1000mインターバル×12本(2:59・リカバリー200m46秒)
19日 50km速めのJOG(4:23/km)
21日 20kmペース走+1.1kmフリー 64:29
22日 JOG30.5km
24日 4000m(2分58/km)ペース走+1000mフリー・トータル14分42
27日 JOGの途中で1km刺激
28日 びわ湖毎日マラソン 2:07:27
2023年 大阪マラソン前 トレーニングメニュー
こちらについては、川内優輝選手が自分自身のNOTEにまとめていらっしゃいます。こちらを参照してください。
川内選手へのインタビュー
川内選手にインタビューをした記事が東レ経営研究所のホームページに載っていました。
プロのインタビューアーではなく、一企業会社員がインタビューした記事になっていますが、その分市民ランナーにとても近い視点で会話されています。
以下ではインタビュー内容から、川内選手のルーツや市民ランナーにおける記録更新のカギを探っていきます。
川内優輝選手の生い立ち
川内優輝選手のプロフィールを紹介します。
川内選手が長距離を走り始めたのは小学生の時、親に言われてからです。6年生の時に2000mを6分50秒とのことで、天性の才能でずば抜けて速かったわけではありません。
高校は陸上強豪校である埼玉県立春日部東高等学校に進学。しかし、幾度とない怪我に悩まされ最終的な高校時代の5000m自己ベストは15分08秒でした。
タイム的にスポーツでの大学進学が難しかったこともあり、受験勉強の末、学習院大学に進学。
学習院大学での練習は、部活としての練習は少なく、自分の裁量に任される範囲が大きかったのですが、大学1年生の秋に5000mの自己ベストを一気に30秒も縮めることができました。
結果として、大学2年生、4年生の時に学連選抜として箱根駅伝へ出場しています。
社会人になる際には、実業団からの誘いが少なかったことや公務員試験の勉強もしていたこともあり、いわゆる「市民ランナー」として記録を伸ばし続けることを選択しました。
その根底には、大学生時代の練習方法にポイントがあり「普通のサラリーマンをやりながらでも、自分で考えた範囲で練習できれば、きっとさらに記録を伸ばせると思った」ことが大きいと語っています。
2009年4月に社会人となってから2年後、2011年の東京マラソンでは自己ベストを4分更新する2時間8分台を記録し、日本人3位となり2011年9月開催の世界陸上大邱大会の男子マラソン日本代表に内定。
2011年~2014年は、日本マラソン界トップレベルで活躍を続けましたが、2014年に足首を捻挫して以降、2015年~2016年は思うような走りができず、絶不調となりました。
怪我を乗り越え、2017年のロンドン世界陸上で9位に入り、身体的にも精神的にも復活できたと語っています。
2019年3月、それまで貫き通していた「市民ランナー」から「プロランナー」へ転向しました。
2019年~2020年は、プロに転向したにもかかわらず不調に陥りました。しかし2021年びわ湖毎日マラソンでは、不調を乗り越え、自己ベストを更新する2時間07分27秒を記録。
2021年シーズン、川内選手の快進撃は止まりませんでした。
春~夏シーズンにかけてトラックレースに集中。3000mでは自己ベストとなる8分01秒台、5000mでは8年前の自己ベストに肉薄する13分59秒台を記録しました。
2023年2月の大阪マラソンにて自己ベストに後7秒の2時間7分35秒を記録。35歳という年齢ながら、まだまだ可能性を感じる結果です。
記録の向上に最も影響するのは「怪我」
川内選手は高校時代、特に高校三年生の時には、怪我でインターハイ予選にすら出場が叶いませんでした。
故障を繰り返していた高校時代は思うように記録が伸びなかったのですが、良くも悪くも「ゆるい」大学に進学してから、1年目の秋早々に5000mの自己ベストを30秒も更新しています。
部活としての練習が少なく、自分のペースで練習を進めることができたことで、自分の体と対話しながら、トレーニングの質や量が適正化されたのだろうと推測できます。
中長距離種目において重要な生理的機能である心血管系の発達やミトコンドリアの働きは、長期的な積み上げが必要です。
しかし、怪我等でトレーニングを中断してしまうと、いくら補強運動等で補完したとしても、機能の低下は避けられません。
怪我を繰り返すような状態では、なかなか練習効果を積み上げることができないため、継続的な記録向上、大幅な自己ベスト更新が達成できないと考えられます。
私自身も経験していますが、世の中、痛みで練習と休養を繰り返している方や、慢性的な痛みを感じながら練習を続けている市民ランナーは多いです。
ある程度の痛みとは付き合っていくしかない場合もありますが、たいていの場合痛みには何かしらの原因があり、その原因を取り除かなければ、怪我や痛みは避けられません。
怪我を未然に防ぐことを最重要視する
記録向上に最も影響する「怪我」を未然に防ぎながら、練習効率は最大化することに、市民ランナーは頭を使い続けるべきだと考えます。
怪我は大きく分けて2種類有り、捻挫や肉離れなどの突発的な要因に基づくものと、慢性的な要因に基づくものです。
前者については、原因が明らかであることが多く、休むべき期間もある程度明確なため、ある意味あきらめがつきます。
ランナーが悩まされやすいのは後者の側で、知らずのうちに怪我となってしまうケースが多いことが問題です。
慢性的な要因もさらに細分化されます。
怪我につながるようなフォーム・体の使い方でランニングを継続してしまった場合と、トレーニング量や強度を一気に上げすぎたことによる体の機械的損傷(いわゆるオーバーユース)です。
怪我をした場合には、とりあえず休んで治すことが最優先ではありますが、その原因を明らかにしない限りは、確実に再発します。
単純に練習量を増やすだけでは記録向上は望めない
インタビューの中で、2021年にかけて調子が上がった要因について語っています。
時間ができたので、これまでやっていなかった、実業団選手並みの距離を踏んでみたのです。月間で1,100km走っていたと思います。でも、力はつかなかった。プロになってから結果が出せないというのは苦しくて悩みましたが、自分のやり方に立ち返ることにしました。昨年の12月ぐらいでしょうか、練習を少し控えめにして、スピード練習も抑えて、妻のペースメーカーをしたり、今年1月31日大阪国際女子マラソンでのペースメーカーの仕事に備えた練習に集中していました。
東レ経営研究所 川内選手へのインタビュー
プロになってから張り切り過ぎで体が慢性疲労の状態だったのでしょう。焦る気持ちもあって修正する冷静さがなかったのだろうと思います。
東レ経営研究所 川内選手へのインタビュー
2019年から2020年にかけて大きな怪我もしていない中、思うように記録が伸びなかった原因は、練習のし過ぎによる慢性疲労であると語っています。
トレーニングには「メリハリ」が必要です。論文における研究も経験則ではありますが、トレーニングにおける低強度:高強度の割合はおよそ80%:20%程度が望ましいと述べられています。
それぞれのトレーニングは狙った強度で行うことで最大限の効果が得られます。
例えば普段のジョギングの負荷を上げすぎて、疲労が残った状態でインターバルなどの高負荷練習をしても、狙った疾走速度まで上げることができず、最大酸素摂取量向上効果を得られない可能性がある。
「今伸ばしたい能力は何か?」「その能力を伸ばすために最適な強度はどのくらいなのか?」すべてのトレーニングに対してそのような問いかけをすべきです。
怪我せず練習量を増やすには、まずジョギング
川内選手の練習内容で見逃してはならないのが、継続的なジョギングです。
市民ランナー時代から500~600km/月を、1日1回の練習だけでこなしていました。1日換算すると、17~20kmは走っている計算です。
そのほとんどがジョギングです。ジョギングだけしていれば速くなれることはありませんが、ジョギングによって高い負荷の練習に耐えることができる体づくりができます。
運動生理学の面から語ると、ジョギングのボリュームを増やすことで、筋肉や腱、骨などの機械的強度が徐々に高まります。
コモディイイダでの合同練習
私自身が個人的に、2021年以降、川内選手がマラソンやトラックレースにおいて、自己ベスト、もしくは自己ベストに近い記録を出せている要因の一つに、コモディイイダとの合同練習があると考えています。
コモディイイダのトレーニング風景は、頻繁にYoutubeにアップされており、その中に川内選手が頻繁に登場します。
実業団ランナーに交じることで、単独ではできないような負荷でトレーニングが行えているのではないかと考えられます。負荷だけではなく、「競う相手」がいることも重要です。
トレーニングの原理・原則として、負荷を漸進的に上げていくことが必要です。
単独で練習していると、その点、どうしても超えられない壁が存在し、これまでは現状維持でとどまってしまっていたのではないかと推測されます。
川内選手が記録を安定して出せる理由
※ここからは自論です
川内選手の記録が非常に安定しており、さらに、30歳中盤でも自己ベストに迫る記録を出すことができている理由は、以下の通りだと考えています。
- 正しい練習を、怪我無く、継続する
- 適度に高い負荷のトレーニングを取り入れている(コモディイイダとの合同練習)
怪我をしないこと
2021年びわ湖毎日マラソンで優勝された鈴木健吾選手のコメント中に、「怪我無く練習をすることができた」ことを、記録が出た一要因としてコメントされていました。
川内選手は、トップのエリートランナーとしては、走行距離も短く練習量も少ない部類に入ります。また、ポイント練習も週2回と、市民ランナーと同様です。
一方で、トップのエリート選手としては「怪我が圧倒的に少ない」です。これは、サブ20達成回数でギネス記録を持っていることからも言えると考えています。
マラソンは、トレーニングの積み上げによって、徐々に体の機能を向上させていくスポーツであると考えています。
一回の負荷が高い練習よりも、適度な負荷を継続してかけ続けることで、長期的に見ると、記録が向上していく、そんな競技性があるのではないでしょうか。
生理学的に考えると、これは、マラソンという競技が機能改善に時間がかかる筋繊維タイプの変化や代謝基質の変化(脂質代謝能力の向上)が重要であることに由来していると考えられます。
筋繊維タイプの変化については、速筋繊維から、中間型速筋繊維や遅筋繊維への変化が該当しますが、速筋繊維に長期間かけて刺激を入れ続けることが必要です。
低糖質状態での運動を継続することや、長時間の運動を継続して行うことによって、徐々に脂質を優先して代謝できるように変化していきます。
一方、これらのような能力はトレーニングを行わないと衰えてしまいます。怪我などでトレーニングが継続的に積めないことは、長距離種目にとって致命的です。
高負荷トレーニングの再導入
コモディイイダとの合同練習もかなり効果的だと考えられます。
それまではほとんどの練習を一人でこなしていたことから、トレーニング強度が上げ切れなかったと推測されます。
コモディイイダのメンバーと集団走をすることによって、単独練習では実現できない強度でトレーニングを行うことができたことが、記録更新のカギとなったと考えています。
※本ブログでは生理学の観点から、トレーニングの考察等をしています。理論から学びたい方は是非ご参照ください。
市民ランナーでトップレベルを目指す
川内選手のインタビューや走る研修室での討議を見ていると、「自分も日本トップレベルまでいけるんじゃないか」と考えてしまいます。
元GMOアスリーツ近藤秀一選手をはじめとしたランナーが、市民ランナーが日本選手権に出場するには、というタイトルで討論を行いました。
トップレベルにまで上り詰めることは、当然日本でも一握り程度の人しか成しえないことではあります。
「社会人になってから初めて本格的に練習を始めた市民ランナー」として、どこまでいけるのかは、とても興味深いし、やってみたいと思います。
川内選手のインタービュー中にもありましたが、記録が伸びてくると、楽しくなってきてしまい、ついつい練習し過ぎたりすることもあるといいます。
おそらく、ランナーが本当に伸び悩むのはそういう時であり、記録が伸びてきた時こそ、冷静になり、トレーニングの計画を見直したりすることが必要なのでしょう。
以上参考になれば幸いです。
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