- ランニングは疲労の元になる物質?
- なぜ乳酸が発生するの?
- 乳酸を溜めない方法を知りたい
本記事ではこんな疑問を解消します。
結論から言うと、「乳酸はエネルギーを作り出す原料」であり、決して「疲労物質」ではありません。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程を走り、競技志向でランニングに取り組んでいます。
私自身も、記録の向上を目指して根拠を持ったトレーニングを行うために、運動生理学を学びながら日々トレーニングに励んでいます。
乳酸の代謝経路(=エネルギーとしてどのように利用されるのか)を理解することによって、マラソントレーニング各種目の目的を深く理解することができます。
- 乳酸は体内での糖質(グリコーゲン)の利用が増加すると増える
- 一度発生した乳酸は再びエネルギー産生のために使われる
- 乳酸の処理速度は血中への拡散速度、ミトコンドリアへの取り込み速度、酸化速度で決まる
乳酸の発生・代謝メカニズム
乳酸の発生経路と代謝のメカニズムについて、運動生理学の観点から記載します。
■糖質の代謝経路
乳酸発生のメカニズムを説明するためには、糖質からエネルギーを作り出す経路の説明が必要です。
糖質(血中にあるグルコースか、臓器及び筋肉に蓄えられているグリコーゲン)からエネルギー作り出す経路を「解糖系」と呼びます。
解糖系では、糖質がピルビン酸へと変化します(途中にいくつもの反応がありますが、ここでは省略します)。
糖質→ピルビン酸の反応で2ATP(アデノシン三リン酸、エネルギー物質)が発生します(図1)。
※グリコーゲンの場合は3ATPが発生します。
さらにピルビン酸は、ミトコンドリアに取り込まれると、ミトコンドリアの働きによって完全酸化され、30ATPを生み出します(図1)。
■乳酸の産生と代謝
運動強度が上昇してくると、糖質の利用率が高まるため、解糖系の働きが活発となります(図2)。
しかし、ミトコンドリアにおけるピルビン酸の取り込み及び完全酸化能力には上限がありコントロースされているため、ピルビン酸が余ることになります(図3)。
ピルビン酸濃度が上昇しすぎることを防ぐため、ピルビン酸を乳酸へと変化させる脱水素反応が起こります(反応詳細は省略)。
運動強度が低い状態でも、ピルビン酸→乳酸の反応は起きています。
しかし、乳酸がピルビン酸へと戻る反応も同時に発生しており、ピルビン酸がミトコンドリアへと取り込まれ酸化されることで、血中の乳酸濃度が上昇しないのです。
マラソントレーニングに当てはめて例を紹介します。
ミトコンドリアでピルビン酸が完全酸化される反応が間に合う強度は「Eペース」(=血中乳酸値濃度が上昇しない強度)です。
一方、インターバルトレーニングのような高い運動強度のトレーニングでは、乳酸→ピルビン酸→ミトコンドリアでの完全酸化反応の速度が、乳酸発生速度に対して間に合いません。
乳酸発生速度に対して乳酸処理速度が間に合わないと血中乳酸濃度が上昇します。つまり、このポイントが「LT値=乳酸性作業閾値」です。
LT走については下記記事で、練習法や大事なポイントを紹介・考察しています。
筋繊維種類による乳酸の発生と代謝
上で説明した通り、乳酸は、急激なエネルギー必要量の増加に伴う解糖系の活発化によって発生が旺盛になります。具体的にどの部位で乳酸が発生し代謝されるのか説明します。
■速筋繊維で発生させた乳酸を遅筋繊維で消費する:細胞間乳酸シャトル
運動強度を上げていくと、速筋繊維の利用割合が高まります。
速筋繊維にはミトコンドリアが少ないため、解糖系で発生したピルビン酸を完全酸化する反応が起きにくく、速筋周囲の血中内で乳酸が溜まっていきます。
一方、ミトコンドリアを多く持っている遅筋繊維では、常時発生している乳酸がピルビン酸となり、ミトコンドリアで完全酸化される反応が優位に起こっています。
体全体で考えると、速筋で発生した乳酸が血中に放出され、遅筋に取り込まれたのち、ピルビン酸へと戻り、ミトコンドリアで完全酸化される、という反応が起こります(図4)。
このような現象は、「細胞間乳酸シャトル」と呼ばれています。
乳酸をエネルギーとして利用する遅筋繊維は脚の筋肉だけでなく、遅筋繊維の割合が多い心筋や呼吸筋等でも、乳酸をミトコンドリアを介して完全酸化する反応が発生しています。
■自分自身で乳酸を消費できる「中間型速筋繊維」
もう一つ考えなければならない要素が「中間型速筋繊維(=FOG繊維)」です。
FOG繊維は、速筋繊維と同様の力を発揮することができる一方で、ミトコンドリアを多く含むような遅筋繊維の特徴を併せ持つハイブリッド型筋繊維です。
FOG繊維では、発生させた乳酸を自分自身で処理することができると考えられ、「細胞間乳酸シャトル」を行う必要がありません。
そのため、乳酸を発生させてからエネルギーとして使えるまでの時間が短い(=乳酸処理速度が速い)と考えられます。
別の記事で紹介していますが、速筋からFOG繊維への変化がLT値向上に直結すると考えられるため、トレーニングによるFOG繊維の増加及び機能発達はとても重要なポイントとなります。
乳酸の代謝速度を決める要因と乳酸代謝速度向上の方法
乳酸を素早く代謝することができれば、5000m等の高強度を維持する種目においてのパフォーマンスが向上する可能性があります。
乳酸が発生してから、消費されるまでの経路(図5)では、①~③の要因が関係しています。
- ①:乳酸の血中への拡散速度と血中での運搬速度
- ②:血管から細胞質、ミトコンドリアへの取り込み速度
- ③:乳酸→ピルビン酸→ミトコンドリアでの酸化速度
①:乳酸の血中への拡散速度と血中での運搬速度
主に速筋で発生した乳酸が血中に放出・運搬され、遅筋繊維に運ばれる過程に関わるのはMCT4:乳酸トランスポーターです。MCT4は主に速筋繊維に多く含まれていることが知られています。
MCT4は、乳酸が多量に生成されるような高強度のトレーニングを行うことで、増加することが実験的に分かっており、低強度の持久的トレーニングでは増加しないことが認められています。
従って、MCT4を増やすためにはインターバルペース以上の速筋繊維が多く導入されるペースでトレーニングを行うことが必要だと考えられます。
②:血管から細胞質・ミトコンドリアへの乳酸取り込み速度
血管から細胞質やミトコンドリアへ乳酸が取り込まれるためにはMCT1:乳酸輸送担体が必要です。MCT1は遅筋繊維に多く含まれていることが分かっています。
MCT1は、MCT4とは違い、持久的トレーニングでも増加します。ただ、高強度トレーニングを行ってもMCT1は増加することが知られています。
③:ピルビン酸→乳酸→ミトコンドリアでの酸化速度
ピルビン酸から乳酸へ変化するためには、乳酸脱水素酵素(LDH)が必要です。LDHは遅筋繊維が多い筋肉ほど、ピルビン酸から乳酸への反応を促進するLDHが多く含まれています。
LDHの数や活性は、ミトコンドリアの数や活性に関係しており、ミトコンドリアの増加や活性化によって、LDHの数や機能を向上させることができます。
従って、LDHの数や活性を高めるためにはミトコンドリアを増やし、機能を活性させるようなトレーニングが必要です。
ミトコンドリアを増やすことや機能を向上させることについては、次の記事で紹介していますが、低強度・高強度、どちらのトレーニングでも効果がある事が分かっています。
乳酸の代謝速度を向上させるためのトレーニング
乳酸の代謝速度を向上させるためのトレーニングについて考えていきます。
主に、乳酸発生が旺盛になってくるのは、LT値でのトレーニングであるLT走や、インターバルペースでのトレーニングです。
LT走は、速筋での乳酸産生速度と遅筋での乳酸処理速度がおおよそつり合っている最大強度でのトレーニングであり、乳酸処理能力向上させることが主な狙いです。
一方、インターバルペースでは乳酸の産生速度が処理速度を上回っているため、血中乳酸濃度が上昇することになります。
上でも述べた通り、速筋から血中に乳酸を拡散させるMCT4増加は高強度トレーニングでのみ認められます。
LT走よりもインターバルトレーニングのほうが強度が高いことから、MCT4を増加させるためには、インターバルペース以上でのトレーニングが必要だと考えられます。
LT走やインターバルトレーニングの理論、具体的なメニュー例等は次の記事で紹介していますのでご参照ください。
乳酸の代謝と利用についてまとめ
最後に、乳酸の代謝と利用についてのポイントをまとめます。
- 乳酸は糖を利用する経路が活発になったときに発生する
- 乳酸は疲労物質ではなく、「エネルギーの原料」
- 乳酸は速筋繊維で発生し、遅筋繊維で代謝される。中間型速筋繊維では、発生させた乳酸を自分自身で代謝することができる
- インターバルのような高強度トレーニングにより、乳酸放出能力を高め、持久的トレーニングにより、乳酸処理能力を高める
難しい内容にはなりましたが、乳酸の代謝を理解することは、トレーニング内容を目的に沿ってアレンジすることにつながると考えています。
今回紹介した内容を元に、トレーニングの目的を理解してみてください。
参考文献:
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