- LT走(閾値走)ってどういうトレーニングなんだろう
- LT走はどういう効果があるんだろう
- 自分にとって適切なLT走のペースが分からない
乳酸性作業閾値(以下LT値)を高めるために、LT走(閾値走)を効果的に取り入れる方法について悩んでいるランナーの方も多いのではないでしょうか。
私は、社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程走っており、競技志向で取り組んでいます。
ハーフマラソンでの自己ベストが1時間12分29秒程度の実力です。
私自身、乳酸性作業閾値改善トレーニングである「LT走」を取り入れたことで飛躍的に記録を伸ばすことに成功しました。
長距離のトレーニングとしては非常に重要なLT走についての考察をしていきます。
ここでは、LT値の意味、LT走の効果を最大化する方法、練習ペースのバリエーション、を考察していきます。
本記事を読めば、自分の実力に合ったペース設定のLT走を実践できるようになります。その結果、記録を向上させることができる可能性があります。
LT走はシンプルな練習ですが、効果が高く、多くの市民ランナーだけでなく、エリートマラソンランナーも取り入れています。
- LTとはLactate Threshold(乳酸性作業閾値)のこと
- LT走はLT値を高めるランニングトレーニング
- LT走の目的は乳酸処理能力を高めること
- 中距離種目(800m)~フルマラソンまで必要不可欠
- LTトレーニングに適切な強度範囲は80~92%HRmax(ランナーのレベル、個人毎に異なる)
- ダニエルズTペースにこだわる必要はない。ペース設定と疾走時間を調整する。
LT走:具体的トレーニングメニュー
はじめに、LT走の具体的なトレーニングメニューを紹介します。
ダニエルズのランニング・フォーミュラで紹介されているLT走のペース設定方法、トレーニングバリエーションについて紹介します。
- テンポ走:20~30分間、Tペースで走り続ける
→メニュー例:6000mテンポ走 - クルーズインターバル走:テンポ走を分割し間に短いリカバリーを入れる
→メニュー例:2000m×3(間のリカバリーは1分間のジョギング) - ペースを落とした「ペース走」:Tペースよりもペースを落としてペース走を行う
→メニュー例:10000mペース走(テンポ走よりもペースを落とす)
Tペースが具体的にどのようなペースなのか等については、以下で詳細に解説していきます。
LT走のバリエーション①:テンポ走
最もオーソドックスなLTトレーニングです。20~30分間、Tペースで走り続けます。オーソドックスではありますが、LT走の中ではもっともきついと言えるかもしれません。
テンポ走のメリットとしては、比較的きついペースを維持する力が付くことです。一般的にはペース走と呼ばれることもあります。
特に10000mやハーフマラソンレースが近づいてきたときには有効なトレーニング手法です。
LT走のバリエーション②:クルーズインターバル走
テンポ走を分割し、間に短いリカバリーを入れるトレーニング手法です。リカバリーの時間は、疾走時間の20%程度です。
トレーニング例を挙げると、2000m×3・3000m×2(レストは走った時間の20%程度)等です。
レストはジョギングです。レストは疾走中に蓄積された乳酸を分解するタイミングでもあるため、トレーニングの重要な一部です。
クルーズインターバルのメリットは、きつさが分散されるため練習に取り組みやすいことです。
レスト中も乳酸処理は進むため、精神的なきつさは軽減されながらもトレーニング効果はテンポ走とさほど変わりません。
クルーズインターバルで走る合計の距離は、テンポ走よりも少しだけ長くするとテンポ走と同程度、もしくはそれ以上の効果を得ることができます。
Tペースよりも、ペースを落とした「ペース走」
Tペースより設定ペースを落としても、LT値向上の効果を得ることは可能です。
これまで説明してきた通り「LT値は乳酸を処理した量に比例して高まる」からです。
Tペースでのテンポ走は、想像以上に苦しいです。しかし、少しペースを落とすだけで、走り始めを楽に感じることができるため、練習前の憂鬱感や精神的ハードルが軽減されます。
ペースを落としたとしても疾走時間を長くすることで、TペースでのLT走と同じ効果を得ることができます。
その一例がマラソンペースでのペース走です。
例えば、マラソンペースまで速度を落とした場合は60分間の疾走時間をとれば、20分間のTペースによるテンポ走と同等の効果を得ることができます。
次の記事では、LT走のペース設定と疾走時間にバリエーションを付ける方法を解説しています。
Tペース:練習において20~30分間維持できるスピード
ダニエルズ理論では、LT走におけるペースは練習において20~30分間維持できるスピードと紹介されており、Tペースと呼ばれます。
主観でトレーニング強度を判断することは少し難しいですが私自身の例を紹介します。
LT走のトレーニングを終えた時、膝に手をつくくらいだと、少しきつすぎます。走り終えた時「後1kmくらいなら走れるかな」と思えるくらいがちょうどいいです。
LT走中の適切な心拍数は最大心拍数の約88~92%です。走り始めは目標心拍数よりも低い値になりますが、LT走を終える頃には目標心拍数かむしろ少し超えるくらいになるのが適切です。
この心拍数域で走り続けることはきつさを感じます。私自身、LT走を行う前は少し憂鬱になります。
VDOT Calculatorで実力に合ったペース設定をする
トレーニング強度を決めるための指標として「VO2max(VDOT・最大酸素摂取量)」があり、自分の直近レース結果からトレーニングの適正ペースを求めることができます。
「Jack Daniels’ VDOT Running Calculator」です。
ペース設定を計算するときに気を付けることが、「今の自己ベスト」を元にすることです。
将来的なレースでの目標や、今の実力とはかけ離れた過去の自己ベスト等を元にしてはいけません。あくまでも、今走れるペースを参考にすることで適切なペース設定となります。
Tペースはランナーのトレーニングレベルによって異なる
ダニエルズのランニング・フォーミュラでは、LT走のペース「Tペース」が、「トレーニングを十分に積んだランナーとそうでないランナーで目標強度が異なる」と述べられています。
- 経験を十分に積んだランナー:88~92%HRmax(Zone4)
- それ以外のランナー:80~86%HRmax(Zone3)
トレーニング理論に正解はありませんが、これらを参考に、自分の身体の反応を見ながら適切な強度を選択しましょう。
LT走とは:LT値を高めるランニングトレーニング
LT走はLT値(乳酸性作業閾値)を高めるランニングトレーニングの事を指します。
- LT値(乳酸性作業閾値):運動強度が上昇した時に血中乳酸濃度が急激に上昇する「領域」
- LT1:血中乳酸濃度の上昇率が少し上がる点
- LT2(OBLA):血中乳酸濃度4mmol/Lの点
- AT値(無酸素性作業閾値):LT2付近の領域
LT値(乳酸性作業閾値)とは
LTとはLactate Threshold(乳酸性作業閾値)の略語です。
図2は横軸に運動強度、縦軸に血中乳酸濃度を取ったグラフになります
図1のように、低い運動強度までは血液中の血中乳酸濃度の変化はわずかですが、ある一定強度を超えると血中の乳酸値が急激に高まってくる領域があります。
その領域のことをLT値(乳酸性作業閾値)と呼んでいます。血中乳酸濃度で言うと、およそ2~4mmol/Lです。
血中乳酸濃度の高まりが少し増加する点をLT1、急上昇が始まる点をLT2と呼びます。
乳酸が急激に高まり始める領域(LT2付近)の事を、無酸素性作業閾値(AT値)と呼びます。
血中乳酸濃度が急増し始める4mmol/Lの時の運動強度の事は、特にOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation)と呼ばれます。
LT走とは「LT値を高めるランニングトレーニング全般」を指しますが、一般的にLT走と言うと、単にLT値付近で走るペース走の事を指す場合もあります。
LT値が高まると「同じ血中乳酸濃度でも高い運動強度を維持できる」状態となります(図3)。
LT値を向上させる方法は2種類ある
血中乳酸濃度は「乳酸が生成される速度」「乳酸が処理される速度」によって決定されます。
したがって、LT値を向上させるには以下2つの能力を高めることが必要です。
- 発生した乳酸を処理する能力
- そもそも乳酸を発生させない能力
LT走の主な目的:発生した乳酸を処理する能力を高めること
LT走は、糖分解による乳酸生成が旺盛になる運動強度で行うため、発生した乳酸を素早く処理していく能力を高めることに注目したトレーニング手法です。
LT値付近でランニングを行うことで、乳酸の処理能力を高めることができます。その結果、同じ血中乳酸濃度でも、徐々に速く走れるようになります。
乳酸の処理速度は「筋肉からの乳酸放出能力・血管での乳酸運搬能力・ミトコンドリアでの酸化能力」によって決まります。
LT走ではこれらの能力を高めることが主目的です。
乳酸を「そもそも発生させない能力」を向上させる方法
LT値を改善するためには、乳酸を発生させない能力を向上させることも必要です。
ただし、乳酸の生成を抑えることと、乳酸を素早く処理することは、全く別のメカニズムです。LT走では、乳酸を発生させない能力は向上しにくいです。
乳酸は糖質をエネルギー源として消費するときに発生する物質であるため、乳酸をそもそも発生させないためには、脂質をエネルギー源として使う体に適応させていく必要があります。
脂質をエネルギー源として使う能力を鍛えるには、Easyペース(ゆっくりなペースでのジョギング)での距離走等が有効です。
閾値トレーニング(LT走)は中距離種目でも有効
閾値トレーニングは、長距離種目だけでなく、800mや1500mなどの比較的短い中距離種目にも有効なトレーニングです。
2021年に行われた2020東京オリンピックの1500mで優勝したヤコブ・インゲブリクトセンは、オフシーズンにおいて閾値の強化を主目的としてトレーニングメニューを組んでいます。
LTについて理解する
糖の利用が高まる事とLTの関係
【血中の乳酸濃度が増加する=糖質の利用が高まっている】
これが、LT値について理解するための、最も重要なポイントです。
「糖質」と「乳酸」は切っても切り離せない存在です。
運動強度を高める(=速い速度で走る)と速筋繊維が多く動員されるようになり、糖質が多く利用されるようになります。
「糖質」が解糖されると「ピルビン酸」が発生しますが、「糖質」の利用が高まってくると、「ピルビン酸」が余るようになるため、「乳酸」に形を変えます(図4)。
速筋繊維(TypeⅡx)はミトコンドリア含有量が少ないため、発生した乳酸を処理することができません。
その結果、運動強度を高めると徐々に血中乳酸濃度が上昇していきます。
LT値改善に適切な運動強度
LT値を改善するためには、「血中乳酸濃度が急上昇する直前の領域(乳酸の処理速度が最大近くになる領域)でできるだけ長い時間運動を継続すること」が重要です。
乳酸の処理速度を高めLT値を向上させるためには「トレーニング中にたくさんの乳酸を速い速度で処理すること」が必要です。
低い運動強度であっても乳酸は生成されますが、運動強度が低い時は乳酸の処理速度が乳酸の発生速度を上回るため、血中乳酸濃度が上昇しません。
低い強度のジョギングであってもLT値は高まります。しかし、低い強度では乳酸を処理する量が稼げないため、LT値を向上させるトレーニングとしては効率が悪いです。
一方でトレーニング強度が高すぎる場合、トレーニングを長く継続することができません。結果として、乳酸を処理する量を稼ぐことができません。
これらを踏まえLTトレーニングに有効な強度範囲をグラフ上で示すと図4の通りとなります。表1には運動強度と各指標の関係をまとめました。
強度 | 血中乳酸濃度 [mmol/L] | 酸素摂取量 [%VO2max] | 心拍数 [%HRmax] |
---|---|---|---|
Zone1 | 0.8~1.5 | 50~65 | 60~71 |
Zone2 | 1.5~2.5 | 66~80 | 72~82 |
Zone3 | 2.6~4.0 | 81~87 | 83~87 |
Zone4 | 4.1~6.0 | 88~92 | 88~93 |
Zone5 | 6.1~ | 94~100 | 93~100 |
パワーズ運動生理学参照
なぜLT値がマラソンにおいて重要なのか
マラソンは、42.195kmをできるだけ速いペースで走りきる競技です。走り始めからペースを上げすぎると「30kmの壁」に阻まれ、大きくペースダウンしてしまいます。
マラソン途中で大きくペースダウンしてしまう現象「30kmの壁」は筋グリコーゲンが枯渇し筋収縮運動がスムーズにできなくなることが原因です。
そのため、フルマラソンではできるだけ「糖質を節約した走り」が求められます。
一方、糖質の利用を節約するだけでは、マラソンの記録は向上はしません。速いペースで走るためには、糖質を使ってスピードを発揮する必要もあります。
上記で説明した通り、糖質消費が盛んになるポイントがLT値です。
糖質を使いつつ発生した乳酸を処理できる速度を高めることで、速いペースを維持できるようになります。
マラソンにおいては脂質をエネルギー源として使って乳酸の生成を抑えつつ、糖質を使った時に発生する乳酸を素早く処理していくことが重要です。
その能力を表す「LT値」をできるだけ引き上げることが、記録向上にとても重要だと言えるのです。
LT走の効果例:ハーフマラソン記録との関係性がとても強い
特にLT値付近でのペース走やテンポ走が効果的だった私自身の例を紹介します。
LT走が重要な練習であることを体感したのは、LT走を取り入れたことで自分自身のハーフマラソン記録劇的に向上したときです。
私がLT走を始めてからの、ハーフマラソン記録とLT走のペースをグラフにしました(図5)。
ここでは特に、LT走=約20分間で行うペース走、として話を進めています。
グラフでは、横軸が実際に行っていたLT走のペース(1km当たり)、縦軸がハーフマラソンの記録(実際のレース記録)になります。
すべてのプロットが直線に並んでいます。これは、「LT走のペースがハーフマラソンの記録に直結すること」を意味します。
LT値(乳酸性作業閾値)付近で行うLT走は、ハーフマラソンに対してとても特異的なトレーニングであると言えます。
また、ある程度余裕を持ってこなせる練習でのLT走のペース設定から、ハーフマラソン本番で走れるタイムを予測することもできるようになりました。
LT走で大事だと思うこと:練習の継続性と強度のコントロール
LT走は、乳酸の処理能力を向上させLT値を改善するトレーニングでありながら、特異的なトレーニングにすることもできる、万能な練習方法です。
長距離種目に向けたトレーニングにおいて重要なことは練習の継続性と強度のコントロールです。
持久性トレーニングでは、繰り返しトレーニングを行うことで効果を得ることができます。特に閾値改善は効果が出るまでに時間がかかる能力です。
トレーニングが辛すぎて継続性に難がある場合には、Tペースにこだわる必要はありません。
上でも紹介した通り、Tペースでなく少しペースを落としても、疾走時間を調整すれば、同様の効果を得ることができます。
また、設定ペースではなく、心拍数でトレーニング強度をコントロールすることもおすすめです。
重要なのは血中乳酸濃度(=運動強度)です。心拍数と運動強度はほぼ比例することが分かっており、市民ランナーが把握できる客観的な運動強度は、心拍数が最も有効です。
トレーニング強度を適切に設定できると「練習での失敗(=決めたペース・本数をこなせない)」が減ります。
心拍数で練習強度をコントロールする場合は、腕時計の光学心拍計では精度が不足します。
理由としては、光学心拍計は今の技術では心拍数の急上昇及び急低下に対応しきれない面があるためです。
心拍数を正確に把握するためには、胸に装着するハートレートセンサー(胸ベルト)が必要です。
レースで実力を安定して発揮するためにはトレーニングの「再現性」が重要
トレーニングの再現性とは、同じ時間、同じコースであれば、同じタイム設定・主観的きつさで練習をこなすことができる、ということです。
レース当日はその場で与えられた条件で走るしかありません。
練習では、走る時間帯・食事の条件等はある程度コントロールできるので、できる限り毎回、練習の条件を合わせて、LT走を行うことが重要です。
再現性高くLT走を行っていると、同じペースで走っていても「前より楽になったな」と思えるようになります。
自分の調子の上下や、実力が向上したかどうかなどを感じ取ることができるようになります。
そうすることで、レースにおいてもトレーニングと同様の「再現」ができるようになってきます。
同じペースでも楽に感じてきたら徐々に設定ペースを上げましょう。自然とレースの記録も向上していきます。
LT走は毎回条件(走る時間・場所)を合わせて取り組もう!「練習の再現性」が重要
LTトレーニングは、中距離種目から長距離種目全般で必要不可欠です。
トップエリートランナーのオフシーズンにおけるトレーニングメニューを見ても、閾値改善を主目的としたトレーニングが多く組み込まれていることが分かります。
インターバルトレーニングを一生懸命行っているのに、なかなか記録が伸びない、と悩んでいる方がいらっしゃったら、一度、じっくり閾値改善に取り組んでみてはいかがでしょうか。
参考文献:
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