- LT値を向上させるためにはLT走をしないといけないの?
- LT値を向上させるのに最も適したペース走の設定ペースは?
- 練習時間がなかなか取れない。効率がいいトレーニング方法が知りたい。
フルマラソンをでよい記録を出すために、重要な生理学的指標としてLT値(Lactate Threshold)があげられます。LT値とは「血中乳酸濃度が急激に上昇し始める領域」のことを示します。
LT値はフルマラソンでいい記録を出すために重要な指標であるとも言えますが、さらに大事なこととしてトレーニングにおける費用対効果、つまり、最小限の疲労で最大限の効果を得るためにも、LT値は重要な指標です。
閾値、もしくは閾値のすぐ下でのトレーニングは「スイートスポットトレーニング(SST)」と呼ばれます。SSTは、少ない疲労で大きな効果が得られる、コストパフォーマンスが高いトレーニングです。
ランニングの世界ではあまり使われない用語ですが、サイクリストの間では非常に有名なトレーニング方法です。
本記事では、SSTで得られる効果、ランニングにおけるSSTの実施方法について詳しく解説していきます。
LT値について
本記事を理解するためにはLT(=Lactate Threshold)について知っておく必要があります。
LTとは「運動強度を上げていくときに血中乳酸濃度が急激に上昇し始める領域」を示します。図で示すと次の通りです。

本記事では詳しい解説は省略しますが、LTについて詳しく知りたい方は、次の記事を参考にしてください。
LTはおよそ血中乳酸濃度2.0~4.0mmol/Lの範囲となります。心拍数に換算すると83~87%HRmaxの範囲になりますが、心拍数は年齢や気温に大きく左右されますので目安であることはご承知おきください。
長距離走のパフォーマンスを決定する要因として、最大酸素摂取量(VO2max)・乳酸性作業閾値(LT)・ランニングエコノミーの3つが挙げられています。
Bassett & Howley(2000)※1 は、LT速度がこの3つを統合した最良の生理学的予測指標であると報告しています。
SSTのような閾値前後の強度でトレーニングを継続することで、LT値の改善(同じペースで走っても血中乳酸濃度が上がりにくくなること)が期待できます。
スイートスポットトレーニング(SST)とは
LTを改善する、費用対効果が非常に高いスイートスポットトレーニング(SST)について紹介します。
SSTの定義
サイクリスト界隈にて、SSTは「88~94%FTPの強度で行うトレーニング」と定義されています。
FTPとはFunctional Threshold Power(ファンクショナルスレショルドパワー)の略語です。「100%FTP=1時間ぎりぎり自転車を漕ぎ続けることができるパワー」で定義されています。
これをランニングに置き換えてみると、1時間走り続けられるペースと言えばまさしく「Tペース」を意味します。
SSTの強度が88~94%FTPであるということをランニングに置き換えてみると、SSTでのペースはちょうどマラソンペース前後を指すことがわかります。
ただ、ランニングにおけるSSTは、マラソンペースに限られてはいません。あくまでずっと同じペースで走り続けた場合、マラソンペースがちょうどSSTの強度と一致する、というだけです。
一回当たりの疾走距離、レストを適切に組み合わせることで、マラソンペースよりも速い疾走ペースのトレーニングをSSTとして行うことができます。
費用対効果が非常に高いトレーニングであり、実績も出ている
世界の中長距離界でSSTを取り入れて大活躍している選手がいます。それは、ノルウェー代表のヤコブ・インゲブリクトセン選手です。
実は、ヤコブ選手だけでなく、兄のヘンリク選手・フィリップ選手も素晴らしい成績を残している中長距離ランナーであり、兄弟そろってすさまじい記録を残しています。
世界で活躍するインゲブリクトセン兄弟のトレーニング理論の基礎となっているのが、マリウスバッケンさんの理論です。その彼がランニングにおけるスイートスポットについて言及しています。
マリウスさんが提唱しているトレーニングモデル「ダブルスレショルドトレーニング」は1日に2回の閾値トレーニングを行います。
このダブルスレショルドトレーニングを行っていくためには精密な強度管理が必要と述べられています。
ダブルスレショルドトレーニングは、まさにSSTの血中乳酸濃度範囲でランニングトレーニングを行うようにデザインされています。
具体的な数字で説明すると「トレーニング中の血中乳酸濃度を2.3~3.0mmol/L程度で抑えることで疲労を最小限におさえつつ効果が最大化される」と言われています。
2.3mmol/L~3.0mmol/Lのスイートスポットを図で示すと、以下の通りです。

「インターバル」で実施して疾走強度を上げる
サイクリストの定義に従うと、スイートスポットはおよそフルマラソンペースと同等の強度になります。
しかし誤解してはいけないのが、スイートスポットの強度は「フルマラソンペースで走り続けた場合の強度である」ということです。
走り続けるのではなく「インターバルとして分割」することで、フルマラソンペースよりも速いペースでもSSTを行うことが可能です。その例を具体的に示します。
再びノルウェー式の閾値トレーニングモデルを参考として紹介しますが、ノルウェーで行われているダブルスレショルドトレーニングでの閾値トレーニングは、以下のような構成となっています。
- 朝は6分間隔のインターバル:マラソンペース前後
- 夕方は1分前後(レスト30秒以下)のインターバル:5000~10000mレースペース
これらのトレーニングを、血中乳酸濃度が2.0~3.0mmol/L前後の範囲におさまるように行います。このように、インターバルとして行うと疾走ペースを上げても血中乳酸濃度はスイートスポット領域の範囲で維持することができます。
らんしゅーのSST実践例
私自身もこの考え方に感銘を受け、自分自身の体で試していくことにしました。
私自身も血中乳酸濃度を測定しながらトレーニングを行っています。実際、インターバルに分割することで、血中乳酸濃度を下げることができました。


このトレーニングを行った時点で、私にとっての3:35/kmはハーフマラソンレースペースよりは速いペースでした。それでも血中乳酸濃度は4.0mmol/Lを超えていません。
最も重要なこと:疲労が溜まりにくい
スイートスポットトレーニングを行って最も感じることは「トレーニングによる疲労が少ない事」です。これまでは、走るペースを上げると疲労のたまりが大きいと考えていました。
しかし実際には、ペースをあげたとしても、インターバル化することで血中乳酸濃度がある一定以下に抑えることができれば疲労のたまりが非常に少なかった、ということです。
例えば、最近私が行ったトレーニングを例にあげます。


この例では、トレッドミルで3:45/kmのインターバルトレーニングを行いました。
3:45/kmは私のマラソンペース程度です。3:45/kmのペースで42分間のペース走を行った場合は、翌日の疲労感も多く残りますが、インターバルに分割することで、血中乳酸濃度は下げつつマラソンペースでの疾走が可能になります。
翌日の疲労度も非常に少なく、2日連続のポイント練習も可能なくらいです。実際私は、このトレーニングの翌日にショートインターバルトレーニングを行っており、トレーニングパフォーマンスも十分高い状態を維持できていました。
ランニングでのSST具体的実施方法
SSTの実施方法を具体的に説明します。
SST具体的トレーニング例
はじめに、SSTの具体的なトレーニング例を示します。
| メニュー名 | レスト | ペース | 心拍数目安 | 強度区分 |
|---|---|---|---|---|
| ①10min * 3~4 | 60秒 | フルマラソンペース以上 | ~85%HRmax | 中低強度 |
| ②6min * 5~6 | 60秒 | ハーフ~フルマラソンペース | ~85%HRmax | 中低強度 |
| ③3min * 10 | 60秒 | 10000m~ハーフマラソンペース | ~89%HRmax | 中高強度 |
| ④1min * 25 | 30秒 | 5000m~10000mレースペース | ~87%HRmax | 中高強度 |
①・②は中低強度であり、③・④は中高強度に分類されます。
疾走ペースが速い③や④のようなトレーニングでも、目安の心拍数以下に抑えることで血中乳酸濃度は3.5mmol/L以下に収まり、SSTとして実行することが可能です。
ランニングにおけるSSTは強度をある一定以下に抑えることが重要です。市民ランナーはほとんどの場合において測定できる指標は心拍数のみになります。
ある程度正確に心拍数を測定できるようにし、主観的なきつさだけでなく、定量的にきつさを把握できるようにすることがポイントです。
主観的強度の目安
SSTはそこまできついトレーニングではありません。主観的に感じる強度は「そこそこきついけどすぐに止めたいとは思わない」程度です。
走っている間はほとんどきつさを感じません。インターバルに分割した場合、最後の数本は「少しだけ足が張ってきたかな」程度です。個人的には、きつさを10段階で表した場合4~5あたりになるきつさです。
また、SSTを行った翌日はそれほど疲労がたまっている状態にはなりません。「2日間続けてSSTができそう」と思えるくらいです。
目標ペースと疾走距離の決め方
ランニングにおけるSSTトレーニングの目標ペースは「フルマラソンペースよりも5~10秒遅いペースから、5000mのレースペースよりも少し遅いくらい」の範囲になります。
疾走ペースは、分割したインターバル1回あたりの疾走時間によって大きく異なります。上でも記載した通り、一回当たりの疾走時間を短くすることで血中乳酸濃度を低く抑えることができるためです。
それぞれのペースにおける疾走時間とレスト例を示します。
- フルマラソンペースに近いペースの場合:1回あたりの疾走時間が6~10分、レスト1分程度
- 5000mのレースペースに近い場合:1回あたりの疾走時間が60秒前後、レストは30秒以下
疾走区間トータルで走る時間が25~40分になるように設定します。一回で行うトレーニング量を増やし過ぎると、疲労が大きくなります。
レスト方法
SSTにおけるレストは「歩き」もしくは「非常にゆっくりなジョギング」で構いません。レストで追い込むトレーニングではないためです。
SSTの注意点と対策
効果的にSSTを行う上で注意したい点を述べます。
オーバートレーニングになる可能性がある
SSTは知らずのうちに強度が高くなってしまい「オーバートレーニング」になる可能性があります。
主観的なきつさで10段階中4~5というのは、思ったよりも楽に感じます。「もう少し速く走れそうだから」と思ってインターバルで徐々にペースを上げてしまい、結果的に疲労の残りが多くなってしまう、といったことが考えられます。
SSTはある一定以下にトレーニング強度を抑えることがとても重要です。
血中乳酸濃度を測定することができれば自分の感覚と実際の運動強度を合わせることができますが、測定できない場合は、SSTを繰り返し行ってみて、疲労がたまりすぎない強度を見つける必要があります。
「SSTさえやっていれば速くなれる」ではない
SSTだけを行っていても、速くなれない可能性があります。
Stöggl & Sperlich(2014)※2 は、ランナーやサイクリストなど持久系アスリート48名を4グループに分けて9週間比較しました。
「低強度80%+高強度20%」を組み合わせたポラライズドトレーニングが、閾値トレーニング単独の群と比べてVO2maxの向上が大きかったと報告しています。閾値トレーニングのみを行った群ではVO2maxに有意な改善が見られませんでした。
さらに、個人データを用いたネットワークメタアナリシス(Rosenblat et al., 2025)※3 でも、ポラライズドトレーニングがVO2maxとタイムトライアルの両方で最も大きな改善をもたらすことが示されています。
これらの研究が示すのは、「閾値前後の強度に加えて、より高い強度のトレーニングを一部組み合わせることが大切」ということです。SSTは疲労を抑えながら有酸素能力を底上げする手段として有効ですが、それだけで完結するトレーニングではありません。
ここでいうパフォーマンスとは、最大酸素摂取量や、血中乳酸濃度4mmol/Lにおける走速度などです。
次項のSSTが取り入れられている例でも紹介しますが、SSTに加えてさらに強度が高いトレーニングを一部組み合わせて行うことで、パフォーマンスが大きく向上している例があります。
SSTが取り入れられている例
ランニングトレーニングでSSTが取り入れられている例を紹介します。
スイートスポットトレーニング(SST)はサイクリストのトレーニングで使われる用語なのでランニングトレーニングではあまり使われていません。しかし、実際のトレーニングではSST強度で行われているトレーニングが多くあります。
ノルウェー式閾値トレーニング
はじめに紹介したノルウェー式閾値トレーニング(=ダブルスレショルドトレーニング)はSSTの代表と言えるものです。
エリートランナーが血中乳酸濃度を2.3~3.0mmol/Lの範囲でランニングトレーニングを行うことで、疲労を最小限に抑えつつ、効果が最大限に得られると言われています。
ここで言う「効果」とは有酸素代謝能力向上のことを指します。
別の記事で、ノルウェー式閾値トレーニングモデルを取り入れて大活躍しているヤコブ・インゲブリクトセン選手のトレーニングについて解説しています。
ケニア人のトレーニング
コーチのマリウス・バッケン氏がご自身のウェブサイト(mariusbakken.com)で述べている内容です。ケニア人ランナーのトレーニングを観察すると、ごく自然にSST強度のランニングトレーニングが取り入れられているとのことです。
ケニア人ランナーは、自分自身が感じる主観的強度が研ぎ澄まされており、普段のトレーニング強度が自然とスイートスポット領域で推移していると述べられています。
疲労がたまりにくく、練習を積み重ねることができることが自然と会得できているものと思われます。
速いジョグ
「速いジョグ」と呼ばれるものも、スイートスポットトレーニングの一種であると考えられます。
速いジョグでマラソンペース以上にスピードを上げるランナーは少ないと思いますが、ジョグの延長線上でマラソンペースに近いペースまでペースアップしていくランナーは割と多いのではないでしょうか。
まさしくこの「速いジョグ」は、ちょうどスイートスポットの強度に位置すトレーニングであると言えます。翌日もそこまで疲労が溜まることがないため、本人的には「ジョグ」という位置づけなのでしょう。
ジョグの調子よい時ほど調子が良い感じがするのも、これが影響しているかもしれません。
「速いジョグ」は別名で「中強度のランニング」や「モデレート」と呼ばれます。別の記事でモデレート強度について紹介していますが、SST強度とオーバーラップしている部分があります。
記録が伸び悩んでいるランナーの方や、高強度なトレーニングで怪我が多く悩んでいたら、取り入れてみてはいかがでしょうか?
参考文献
※1 Bassett DR Jr, Howley ET (2000) “Limiting factors for maximum oxygen uptake and determinants of endurance performance” Med Sci Sports Exerc
※2 Stöggl T, Sperlich B (2014) “Polarized Training Has Greater Impact on Key Endurance Variables Than Threshold, High Intensity, or High Volume Training” Front Physiol
※3 Rosenblat MA et al. (2025) “Which Training Intensity Distribution Intervention will Produce the Greatest Improvements in Maximal Oxygen Uptake and Time-Trial Performance in Endurance Athletes?” Sports Med









コメント
コメント一覧 (3件)
はじめまして。
参考にさせていただきながら練習に励んでおります。
1点質問なのですが、トレーニング例の目標心拍数が以前のものと値が変わっていますが、新しいもの程度に抑えた方が良いのでしょうか?
正直僕のレベルが低いので各RP(VDOTからの推定値)で走ると以前の設定値以内でギリギリ完遂出来るくらいなのですが、新しい設定だと半分くらいでペースを落とさないといけなくなります。
メニューを作る上での参考文献などもしあればご教示いただけますと嬉しいです。
おかもんさん
コメントありがとうございます。
ランニングを科学する記事内容については、私自身の知見と、乳酸や心拍測定の私自身の実体験をもとに都度修正しています事ご了承ください。
参考となっているソースは、パワーズ運動生理学、マリウスバッケンさんのWeb Site、私自身の測定結果となっています。参考として提示しているメニューをその通りにやった場合、目標心拍数で制御することで血中乳酸濃度がほぼ制御できることが分かっています。
もし仮に、心拍数と設定ペースにズレがあると仮定した場合、ずれが発生する要因は以下の通りです。
・最大心拍数が正確に把握できていない
・心拍数を正確に測定できていない(心拍計の精度)
・設定ペースを間違えている(気温などを考慮していない)
ただ、おかもんさんがどの状況に値するのかが分かりかねますので、一概に申し上げることは難しいです。もしこれらにズレがないと仮定した場合には、現状で示されている心拍と設定ペースが「正しい」と言えますので、設定ペースを落とすべきなのだと思います。
もし、さらに細かく突き詰めたいとお考えでしたら、簡単な質問でしたら回答できますのでお問い合わせよりご連絡ください。
よろしくお願いします。
ご返信ありがとうございます。
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