【LT強度のトレーニング】ランニングにおけるLTトレーニングの誤解と実践方法

LTトレーニングの誤解と真実
こんな疑問を解消
  • LT値を向上させるためにはLT走をしないといけないの?
  • LT値を向上させるのに最も適したペース走の設定ペースは?
  • 練習時間がなかなか取れない。効率がいいトレーニング方法が知りたい。

 LT値を高めるためのトレーニングとして最も知られているのはLT走だと思います。LT走はTペース(ダニエルズのランニング・フォーミュラにおける定義)で行うものだと考えているランナーも多いのではないでしょうか。

 本記事ではLT強度のトレーニングについて解説していきます。「LT強度=Tペースでのランニング」ではありません。

 LTトレーニングはモデレート強度でのトレーニングと同様にコストパフォーマンスが高いトレーニングです。継続して行うことで、有酸素能力が大きく向上します。

この記事を書いた人
日比野就一

社会人からランニングを始めました。
理論に基づいたトレーニングで、
どこまで記録を伸ばすことができるか挑戦。
競技志向で取り組んでいます。
自己紹介・記録変遷はこちら

★自己ベスト
 1500m 4:25(2022/08)
 5000m 16:01(2022/09)
 10000m 33:44(2021/12)
 ハーフ 1:12:29(2022/03)
 フル 2:43:55(2024/11)

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日比野就一

    社会人からランニングを始めました。
    理論に基づいたトレーニングで、
    どこまで記録を伸ばすことができるか挑戦。
    競技志向で取り組んでいます。
    自己紹介・記録変遷はこちら

    ★自己ベスト
     1500m 4:25(2022/08)
     5000m 16:01(2022/09)
     10000m 33:44(2021/12)
     ハーフ 1:12:29(2022/03)
     フル 2:43:55(2024/11)

carb-upper
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目次

LT値について

 本記事を理解するために最も重要な生理学的指標であるLT(=Lactate Threshold)について解説します。

 LTとは「運動強度を上げて行ったときに血中乳酸濃度が急激に上昇し始める領域」を示します。図1では横軸に運動強度、縦軸に血中乳酸濃度をとったグラフを示しました。

 LTは範囲を持っています。図1における赤塗りつぶし部がLTの領域になります。

運動強度 vs 血中乳酸濃度

 図における運動強度は「酸素摂取量」を表しています。酸素摂取量は「走るペース(=疾走ペース)」や「心拍数」と似ていますが、本質的には異なります。

 ランニングスピードを上げていくと、筋肉が必要とする酸素量(=酸素摂取量)が高まります。これは、筋肉がより多くのエネルギーを生み出して速い速度を出そうとするためです。

 酸素を使ってエネルギーを生み出すとき、使われる原料は主に糖質・脂質です。

 そのうち、糖質がエネルギー源として代謝される過程で乳酸が発生します。運動強度を上げると糖質の消費速度が上昇し、乳酸の生成量が増加します。

 発生した乳酸はそのまま筋肉で再利用されるか、肝臓に戻って糖新生によりグルコースとなって血液に戻ります。

 血中乳酸濃度が上昇する理由は「糖質の消費速度が速く、発生した乳酸が処理しきれていない状態」です。

 乳酸が溜まっていくこと自体は体に悪影響を与えないのですが、同時に発生している水素イオンH+の影響で体液(=血液)が酸性に傾くと、筋肉での代謝によるエネルギー産生がスムーズにできなくなり、運動の継続が困難になります。

 LT値を超えた強度で走ると、糖質=筋グリコーゲンが早く消費され、フルマラソン後半で脚が動かなくなる「30kmの壁」に当たります。したがって、フルマラソンを一定のペースで走りきるにはLT値以下で走り続ける必要があります。

 このようにLT値はフルマラソンにおいて非常に重要な指標です。

 フルマラソンに加え、その他中長距離種目でも重要です。以下図では各種目における無酸素エネルギーと有酸素エネルギーの使用比率を表したものを示しています。

種目別エネルギー代謝寄与率

 1500mでさえも、有酸素由来のエネルギー使用比率が60~70%あることが分かります。有酸素由来のエネルギー使用比率が高ければ高いほど、LT値が競技記録に与える影響が大きくなります

 このように、LT値は中長距離種目全般で非常に重要な指標であると言えます。

ランニングでのLTトレーニングに対する誤解

 LTトレーニングというと、真っ先に思い浮かぶのが「LT走」です。

 ランニング界隈においてLT走というと、ダニエルズのランニング・フォーミュラにおけるTペースでのランニングを想像するランナーが多いと思います。

 しかし実は、ダニエルズのランニングフォーミュラで提唱されているTペースは、LT領域の上限、もしくはその少し上を指します。次の図ではTペースの強度に値するエリアを示しました。

T強度は、いわば心地よいきつさである、比較的速くはしってはいるが、そこそこの時間(練習なら少なくとも20~30分間)維持できるというペースだ。レースならば、休養を取ってピーキングすれば、60分間は維持できる・・・

ダニエルズのランニングフォーミュラ第4版 P58
Tペースの運動強度

 TペースはLT領域の上限ぎりぎり、もしくは少し上に外れた強度でのトレーニングとなっており、きつく、高強度なトレーニングになります。

 Tペースの強度は別名でOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation)と呼ばれます。OBLAは血中乳酸濃度が4mmol/Lの点を指します。

 一方で、LTトレーニングは文字通りLT強度で行うトレーニングのことを指すので、Tペースよりはもう少し広い強度範囲を表しています。

 ランニングにおけるLTトレーニングに対する誤解は「LTを改善するためのトレーニングは、Tペースでのトレーニングだけではない」ということです。

 LT値上限で行うTペースのトレーニング、低強度のジョグ、高強度なインターバルトレーニング、どんなトレーニングでもLTは徐々に改善されていきます

carb-middle
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LTトレーニングはコスパに優れるトレーニング

 数あるトレーニングの中でも、LT強度の範囲内で行うLTトレーニングは、疲労を最小限に抑えつつ、高い効果を得ることができる、コストパフォーマンスが高いトレーニングです。

 ランニングトレーニングにおける「コスト」は「疲労」です。最小限の疲労で最大の効果がえられたとき、「コストパフォーマンスが高いトレーニングである」といえます。

 もちろん、TペースでのトレーニングでもLT値を改善することは可能です。しかし、血中乳酸濃度がおよそ4.0mmol/L以上になるトレーニングは体への負荷が高く、トレーニングボリュームが増やしにくいです。

 LTトレーニングは別名で「スイートスポットトレーニング(SST)」と呼ばれます。SSTは自転車競技のためのトレーニングで使われる単語です。

 SSTの具体的実施方法は別の記事で解説していますのでそちらをご参照ください。

LTトレーニングで得られる効果

 以下では、LTトレーニングで得られる効果について述べていきます。

 LTトレーニングで得られる特筆すべき効果は「発生した乳酸を再利用してエネルギーの原料として利用する能力」です。

 もちろん、LTトレーニングでも、Easy強度のジョグで得られる効果や、最大酸素摂取量の向上なども同時に得ることはできますが、LTトレーニングを行うべき最も主な理由は乳酸再利用能力の改善です。

 モデレートやOBLA以上の強度のトレーニングでも乳酸の再利用能力を向上させることはできます。しかし、あえてLT強度範囲でのトレーニングを選択する理由としては以下となります。

LT強度でのトレーニングを行うべき理由
  • 比較的少ない疲労で多くのトレーニングボリュームをこなすことができる
  • 速筋繊維をある程度動員することができる

 上でも述べた通り、LTトレーニングは疲労のたまり方が少ないトレーニングになります。したがって、およそ中1日のリカバリーを挟めば、LTトレーニングを実施していくことが可能となります。

 結果的にトレーニングボリュームを増やすことができます。

 また、LTトレーニングの強度は81~87%VO2maxに相当する強度であり、速筋繊維がある程度動員される強度です。5zoneに分類すると、zone3に該当する強度です。

スクロールできます
運動強度強度名称強度区分※1 %HRmax※2 %VO2max※3 血中乳酸濃度
mmol/L
zone1Easy低強度60~7150~650.8~1.5
zone2Moderate低~中強度72~8266~801.5~2.5
zone3LT中強度83~8781~872.4~4.0
zone4OBLA高強度88~9288~934.1~6.0
zone5VO2max高強度93~10094~100>6.1
Sprint高強度-100~-
表1 トレーニング強度の5分類+1(zone1~zone5とsprint)
用語解説
  • ※1 %HRmax:最大心拍数に対する割合。
  • ※2 %VO2max:最大酸素摂取量に対する割合。
  • ※3 血中乳酸濃度:血液中の乳酸濃度。専用の測定機器でしか測ることができない。競技レベルが向上すると、同じ強度でも血中乳酸濃度の数値は低下する傾向がある。

 以下図に運動強度に対する活動筋繊維の割合を示しました。81~87%VO2maxではタイプⅡxの速筋繊維がほぼフル稼働する強度になります。

 基本的に活動した筋のみがトレーニング効果を得ることができます。LT強度のトレーニングはほとんどの速筋繊維を動員するため、動員された速筋繊維は適応が進み有酸素代謝能力の向上を獲得します。

運動強度と筋繊維動員率
運動強度と筋繊維動員率

 

 LT強度以上にトレーニング強度を高めてしまうと、血中乳酸濃度が高くなり運動の継続が困難になります。

 結果的にトレーニングを長い時間行うことができなくなるため、筋における有酸素代謝能力向上に関して得られる効果が少なくなります。

 それに対してLT強度でのトレーニングは血中乳酸濃度が2.0~4.0mmol/L以下で推移するような強度でのトレーニングであり、比較的長い時間トレーニングを継続することが可能です。

 また、トレーニング後に残る筋疲労も少なく、トレーニング全体としてボリュームを増やすことができます。

 以上のことから、乳酸再利用能力を高めるためのトレーニングとしてはLT強度のトレーニングが効果的であるといえます。

LTトレーニングの具体的実施方法

 上でも述べましたがLTトレーニングは別名で「スイートスポットトレーニング(SST)」と呼ばれます。

 SSTはサイクリストの間でよく用いられる用語になります。

 SSTの具体的な実施方法については、別の記事で紹介しています。詳しくは次の記事を参考にしてください。私自身のLTトレーニング実践例も紹介しています。

 ここではSSTのトレーニング例を一部示します。

スクロールできます
メニュー名レストペース心拍数目安強度区分
①10min * 3~460秒フルマラソンペース以上~87%HRmax中低強度
②6min * 5~660秒ハーフ~フルマラソンペース~87%HRmax中低強度
③3min * 1060秒10000m~ハーフマラソンペース~90%HRmax中高強度
④1min * 2530秒5000m~10000mレースペース~90%HRmax中高強度
表1 SST具体的トレーニング例

 LTトレーニングは、疾走時間・疾走ペース・レストの時間の組み合わせによって、様々な強度で行うことができます。疾走時間を1分にすれば、疾走ペースを5000~10000mのレースペースにしたとしても、体への負担は比較的少なくなります。

 LTトレーニングを導入する際には、疾走ペース・疾走時間・レストにバリエーションを持たせて、様々な刺激を体に与えるようにすると効果的です。

LTトレーニングの弱点

 LTトレーニングの弱点は「LTトレーニングだけだと速くはならない」ということです。

 もちろん、ランニング初心者のうちはLT強度のトレーニングだけでもどんどん速くなりますが、割と早い段階で競技力が頭打ちになってしまいます。

 世に発表されている様々な論文で、閾値(LT)強度でのトレーニングモデルポラライズドトレーニングモデル(低強度トレーニングと高強度トレーニングを両極端で組み合わせたトレーニングモデル)の比較が行われています。

 多くの論文でポラライズドの方がパフォーマンス向上の結果が出てると述べられているようです。特にエリートアスリートが実践した場合は、その傾向が顕著なようです。

 しかし多くの論文では、そもそも低強度から中強度(=LT強度)でのトレーニングをたくさん行ってきたエリートアスリートに対して、2つのトレーニングモデルを適用するようなスキームになっています。 

 トレーニングには順序があり、その順序の条件が異なる中で2つのトレーニングモデルを純粋に比較することは難しいと考えています。

 「ランニングを科学する」で何度も紹介している、中長距離ランニング界で大活躍しているヤコブ選手はオフシーズンには閾値(LT)強度でのトレーニングをメインにしています。

 ただ、ヤコブ選手のトレーニング内容をよく分析してみると、閾値トレーニングの中でも強度に強弱があったり、週1回は高強度トレーニング(要素Xと呼ばれています)を取り入れていたりします。

 ヤコブ選手のトレーニングについては、次の記事で紹介していますのでご参照ください。

 このように、LTトレーニングだけを行っていても走力はいずれ頭打ちになってしまうため、適切なバランスでLTよりも高い強度のトレーニングも行うことが必要です。

市民ランナーが閾値トレーニングを主体にする方法

 私自身は、数年前から閾値トレーニングを主体にしてトレーニングに取り組んできました。

 最初は、トレーニング強度が高すぎることによる故障や伸び悩みでとても苦労しましたが、2024年秋になってようやく適切な強度を理解し、持続可能なトレーニングサイクルを実施することができるようになりました。

 市民ランナーが閾値トレーニングを主体にして競技力を伸ばしていく方法について、次の記事にまとめていますので、ご参照ください。

※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。

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