- LT値を向上させるためにはLT走をしないといけないの?
- LT値を向上させるのに最も適したペース走の設定ペースは?
- 練習時間がなかなか取れない。効率がいいトレーニング方法が知りたい。
LT値を高めるためのトレーニングとして最も知られているのはLT走だと思います。LT走はTペース(ダニエルズのランニング・フォーミュラにおける定義)で行うものだと考えているランナーも多いのではないでしょうか。
本記事ではLT強度のトレーニングについて解説していきます。「LT強度=Tペースでのランニング」ではありません。
LTトレーニングはモデレート強度でのトレーニングと同様にコストパフォーマンスが高いトレーニングです。継続して行うことで、有酸素能力が大きく向上します。
LT値について
本記事を理解するために最も重要な生理学的指標であるLT(=Lactate Threshold)について解説します。
LTとは「運動強度を上げて行ったときに血中乳酸濃度が急激に上昇し始める領域」を示します。以下の図では横軸に運動強度、縦軸に血中乳酸濃度をとったグラフを示しました。
LTは範囲を持っています。赤塗りつぶし部がLTの領域になります。

図における運動強度は「酸素摂取量」を表しています。酸素摂取量は「走るペース(=疾走ペース)」や「心拍数」と似ていますが、本質的には異なります。
ランニングスピードを上げていくと、筋肉が必要とする酸素量(=酸素摂取量)が高まります。これは、筋肉がより多くのエネルギーを生み出して速い速度を出そうとするためです。
酸素を使ってエネルギーを生み出すとき、使われる原料は主に糖質・脂質です。
そのうち、糖質がエネルギー源として代謝される過程で乳酸が発生します。運動強度を上げると糖質の消費速度が上昇し、乳酸の生成量が増加します。
発生した乳酸はそのまま筋肉で再利用されるか、肝臓に戻って糖新生によりグルコースとなって血液に戻ります。血中乳酸濃度が上昇する理由は「糖質の消費速度が速く、発生した乳酸が処理しきれていない状態」です。
乳酸が溜まっていくこと自体は体に悪影響を与えないのですが、同時に発生している水素イオンH+の影響で体液(=血液)が酸性に傾くと、筋肉での代謝によるエネルギー産生がスムーズにできなくなり、運動の継続が困難になります。
LT値を超えた強度で走ると、糖質=筋グリコーゲンが早い速度で消費され、フルマラソン後半で脚が動かなくなる「30kmの壁」に当たります。したがって、フルマラソンを一定のペースで走りきるにはLT値以下で走り続ける必要があります。
このようにLT値はフルマラソンにおいて非常に重要な指標です。
LT値に相当する走速度(LT速度)は、最大酸素摂取量(VO2max)・ランニングエコノミー・最大酸素摂取量の使用比率という3つの要素を統合した複合指標です。長距離走パフォーマンスを最もよく予測する生理学的指標であることが研究でも示されています(Bassett & Howley, 2000)※1。
このように、LT値は中長距離種目全般で非常に重要な指標です。
ランニングでのLTトレーニングに対する誤解
LTトレーニングというと、真っ先に思い浮かぶのが「LT走」です。
ランニング界隈においてLT走というと、ダニエルズのランニング・フォーミュラにおけるTペースでのランニングを想像するランナーが多いと思います。
しかし実は、ダニエルズのランニングフォーミュラで提唱されているTペースは、LT領域の上限、もしくはその少し上を指します。次の図ではTペースの強度に値するエリアを示しました。
T強度は、いわば心地よいきつさである、比較的速くはしってはいるが、そこそこの時間(練習なら少なくとも20~30分間)維持できるというペースだ。レースならば、休養を取ってピーキングすれば、60分間は維持できる・・・
ダニエルズのランニングフォーミュラ第4版 P58

TペースはLT領域の上限ぎりぎり、もしくは少し上に外れた強度でのトレーニングとなっています。体感としてもきつく、高強度なトレーニングになります。
Tペースの強度は別名でOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation)と呼ばれます。OBLAは血中乳酸濃度が4mmol/Lの点を指します。
一方で、LTトレーニングは文字通りLT強度で行うトレーニングのことを指します。Tペースよりはもう少し広い強度範囲を表しています。
OBLAが血中乳酸濃度が4mmol/Lの点を指すのに対しLTはおよそ2~4mmol/Lの範囲を指す、という違いがあります。
ランニングにおけるLTトレーニングに対する誤解は「LTを改善するためのトレーニングは、Tペースでのトレーニングだけではない」ということです。
LTトレーニングはコスパに優れるトレーニング
数あるトレーニングの中でも、LT強度の範囲内で行うLTトレーニングは、疲労を最小限に抑えつつ、高い効果を得ることができる、コストパフォーマンスが高いトレーニングです。
ランニングトレーニングにおける「コスト」は「疲労」です。最小限の疲労で最大の効果がえられたとき、「コストパフォーマンスが高いトレーニングである」といえます。
TペースでのトレーニングでもLT値を改善することは可能です。しかし、血中乳酸濃度がおよそ4.0mmol/L以上になるトレーニングは体への負荷が高く、トレーニングボリュームが増やしにくいです。
LTトレーニングは別名で「スイートスポットトレーニング(SST)」と呼ばれます。SSTは自転車競技のためのトレーニングで使われる単語です。
SSTの具体的実施方法は別の記事で解説していますのでそちらをご参照ください。
LTトレーニングで得られる効果
以下では、LTトレーニングで得られる効果について述べていきます。LTトレーニングで得られる特筆すべき効果は「発生した乳酸を再利用してエネルギーの原料として利用する能力」の改善です。
乳酸は疲労物質ではなく、ミトコンドリアでATPを産生する燃料として機能します。定常状態の運動中に発生した乳酸のうち75%以上が運動中に酸化利用されることが示されています(Brooks, 1986)※2。
9週間の中強度持久トレーニング(75%VO2peak)を行うと、乳酸を筋細胞内に取り込む輸送タンパク質(MCT1)が増加し、乳酸をエネルギー源として利用する能力が向上することが確認されています(Dubouchaud et al., 2000)※3。
LT強度のトレーニングを継続することで、このMCT1の発現が高まり、乳酸再利用能力が向上します。
もちろん、LTトレーニングでもEasy強度のジョグで得られる効果や最大酸素摂取量の向上も同時に得られますが、LTトレーニングを選択する最も主な理由は乳酸再利用能力の改善です。
モデレートやOBLA以上の強度のトレーニングでも乳酸の再利用能力を向上させることはできます。しかし、あえてLT強度範囲でのトレーニングを選択する理由としては以下となります。
- 比較的少ない疲労で多くのトレーニングボリュームをこなすことができる
- 速筋繊維をある程度動員することができる
上でも述べた通り、LTトレーニングは疲労のたまり方が少ないトレーニングになります。およそ中1日のリカバリーを挟めば、LTトレーニングを実施していくことが可能となり結果的にトレーニングボリュームを増やすことができます。
また、LTトレーニングの強度は81~87%VO2maxに相当する強度であり、速筋繊維がある程度動員される強度です。5zoneに分類すると、zone3に該当する強度です。
| 運動強度 | 強度名称 | 強度区分 | ※a %HRmax | ※b %VO2max | ※c 血中乳酸濃度 mmol/L |
|---|---|---|---|---|---|
| zone1 | Easy | 低強度 | 60~71 | 50~65 | 0.8~1.5 |
| zone2 | Moderate | 低~中強度 | 72~82 | 66~80 | 1.5~2.5 |
| zone3 | LT | 中強度 | 83~87 | 81~87 | 2.4~4.0 |
| zone4 | OBLA | 高強度 | 88~92 | 88~93 | 4.1~6.0 |
| zone5 | VO2max | 高強度 | 93~100 | 94~100 | >6.1 |
| Sprint | 高強度 | - | 100~ | - |
- ※a %HRmax:最大心拍数に対する割合。
- ※b %VO2max:最大酸素摂取量に対する割合。
- ※c 血中乳酸濃度:血液中の乳酸濃度。専用の測定機器でしか測ることができない。競技レベルが向上すると、同じ強度でも血中乳酸濃度の数値は低下する傾向がある。
以下図に運動強度に対する活動筋繊維の割合を示しました。81~87%VO2maxではタイプⅡxの速筋繊維がほぼフル稼働する強度になります。
基本的に活動した筋のみがトレーニング効果を得ることができます。LT強度のトレーニングはほとんどの速筋繊維を動員するため、動員された速筋繊維は適応が進み有酸素代謝能力の向上を獲得します。

LT強度以上にトレーニング強度を高めてしまうと、血中乳酸濃度が高くなり運動の継続が困難になります。
結果的にトレーニングを長い時間行うことができなくなるため、筋における有酸素代謝能力向上に関して得られる効果が少なくなります。
それに対してLT強度でのトレーニングは血中乳酸濃度が2.0~4.0mmol/L以下で推移するような強度でのトレーニングであり、比較的長い時間トレーニングを継続することが可能です。
また、トレーニング後に残る筋疲労も少なく、トレーニング全体としてボリュームを増やすことができます。
以上のことから、乳酸再利用能力を高めるためのトレーニングとしてはLT強度のトレーニングが効果的であるといえます。
LTトレーニングの具体的実施方法
上でも述べましたがLTトレーニングは別名で「スイートスポットトレーニング(SST)」と呼ばれます。
SSTの具体的な実施方法については、別の記事で紹介しています。詳しくは次の記事を参考にしてください。私自身のLTトレーニング実践例も紹介しています。
ここではSSTのトレーニング例を一部示します。私自身が実践して、血中乳酸濃度を4mmol未満に抑えることができるトレーニングメニューとなっています。
| メニュー名 | レスト | ペース | 心拍数目安 | 強度区分 |
|---|---|---|---|---|
| 10min * 3~4 | 60秒 | フルマラソンペース以上 | ~85%HRmax | 中低強度 |
| 6min * 5~6 | 60秒 | ハーフ~フルマラソンペース | ~85%HRmax | 中低強度 |
| 3min * 10 | 60秒 | 10000m~ハーフマラソンペース | ~89%HRmax | 中高強度 |
| 1min * 25 | 30秒 | 5000m~10000mレースペース | ~87%HRmax | 中高強度 |
LTトレーニングは、疾走時間・疾走ペース・レストの時間の組み合わせによって、様々な強度で行うことができます。疾走時間を短くすれば、疾走ペースを5000~10000mのレースペースにしたとしても、体への負担は比較的少なくなります。
LTトレーニングを導入する際には、疾走ペース・疾走時間・レストにバリエーションを持たせて、様々な刺激を体に与えるようにすると効果的です。
LTトレーニングの弱点
LTトレーニングの弱点は「LTトレーニングだけだと速くはならない」ということです。
もちろん、ランニング初心者のうちはLT強度のトレーニングだけでもどんどん速くなりますが、割と早い段階で競技力が頭打ちになってしまいます。
世に発表されている様々な論文で、閾値(LT)強度でのトレーニングモデルとポラライズドトレーニングモデル(低強度トレーニングと高強度トレーニングを両極端で組み合わせたトレーニングモデル)の比較が行われています。
48名のランナー・サイクリスト等を対象に9週間でグループをランダムに分けて効果を比べた実験(RCT)では、ポラライズド群の最大酸素摂取量(VO2max)改善が最も大きく、閾値群では統計的に意味のある差が見られなかったと報告されています(Stöggl & Sperlich, 2014)※4。
ただし、17研究・437名を統合した複数の研究をまとめて統計解析した研究(メタアナリシス)によると、ポラライズドの優位性は12週未満の短期介入や高強度のトレーニングをすでに積んでいる競技選手に限定されています(Silva Oliveira et al., 2024)※5。
全ての選手に当てはまる万能なアプローチではなく、選手レベルや介入期間によって最適なトレーニング配分は異なります。
多くの研究では、そもそも低強度から中強度(LT強度)でのトレーニングをベースとして積み上げてきた競技選手に対して2つのモデルを適用しています。LT強度のトレーニングを十分に積んだ上で高強度を加えることがポラライズドの前提となっており、単純な比較は難しい面があります。
本ブログで紹介している、中長距離ランニング界で大活躍しているヤコブ選手はオフシーズンには閾値(LT)強度でのトレーニングをメインにしています。
ヤコブ選手のトレーニング内容をよく分析してみると、閾値トレーニングの中でも強度に強弱があり、週3〜4回の閾値セッション(乳酸2〜4.5 mmol/L)に加え、週1回はVO2max強度の高強度トレーニングを取り入れています。
このような構成は「乳酸ガイド型閾値インターバルトレーニング(LGTIT)」として科学的に定義されており、週150〜180 kmの低強度ランをベースに成り立っています(Casado et al., 2023)※6。
ヤコブ選手のトレーニングについては、次の記事で紹介していますのでご参照ください。
このように、LTトレーニングだけを行っていても走力はいずれ頭打ちになってしまうため、適切なバランスでLTよりも高い強度のトレーニングも行うことが必要です。
市民ランナーが閾値トレーニングを主体にする方法
私自身は、数年前から閾値トレーニングを主体にしてトレーニングに取り組んできました。
最初は、トレーニング強度が高すぎることによる故障や伸び悩みでとても苦労しましたが、2024年秋になってようやく適切な強度を理解し、持続可能なトレーニングサイクルを実施することができるようになりました。
市民ランナーが閾値トレーニングを主体にして競技力を伸ばしていく方法について、書籍を執筆しました。「閾値トレーニング完全ガイド」です。
参考文献
※1 Bassett DR Jr, Howley ET (2000) “Limiting factors for maximum oxygen uptake and determinants of endurance performance” Med Sci Sports Exerc
※2 Brooks GA (1986) “The lactate shuttle during exercise and recovery” Med Sci Sports Exerc
※3 Dubouchaud H et al. (2000) “Endurance training, expression, and physiology of LDH, MCT1, and MCT4 in human skeletal muscle” Am J Physiol Endocrinol Metab
※4 Stöggl T, Sperlich B (2014) “Polarized Training Has Greater Impact on Key Endurance Variables Than Threshold, High Intensity, or High Volume Training” Front Physiol
※5 Silva Oliveira P, Boppre G, Fonseca H (2024) “Comparison of Polarized Versus Other Types of Endurance Training Intensity Distribution on Athletes’ Endurance Performance: A Systematic Review with Meta-analysis” Sports Med
※6 Casado A, Foster C, Bakken M, Tjelta LI (2023) “Does Lactate-Guided Threshold Interval Training within a High-Volume Low-Intensity Approach Represent the ‘Next Step’ in the Evolution of Distance Running Training?” Int J Environ Res Public Health








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