【ヤコブ・インゲブリクトセン】東京オリンピック1500m覇者に学ぶ中長距離の閾値トレーニング

こんな疑問を解消
  • 中長距離種目で活躍しているヤコブ・インゲブリクトセン選手のメニューを知りたい
  • 練習メニューだけでなく、その効果ややり方を具体的に知りたい

 私は、社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程走り、競技志向でランニングに取り組んでおります。

 今、中長距離界で目覚ましい活躍をしている選手がいます。ノルウェーのヤコブ・インゲブリクトセン選手です。

 ヤコブ選手は、東京オリンピック2020年男子1500mで優勝しました。タイムは3:28.32のオリンピックレコードでした。

 その後の世界陸上やダイヤモンドリーグ、欧州選手権でも、1500m、5000mにおいてタイトルを総なめしています。

 ヤコブ選手のトレーニングメニューがどんなものなのか、気になる方がとても多いと思います。

 今回は、2020年東京オリンピック1500mで優勝したノルウェー代表のヤコブ・インゲブリクトセンのトレーニング内容を紹介し、中長距離の閾値トレーニングについて考察します。

 本記事を読めば、ヤコブ選手が行っているトレーニングを根拠を持って理解し、ご自身のトレーニングに応用できるようになります。

 結論ですが、「ヤコブ選手は「閾値トレーニング」を非常に重要視しており、練習強度を精密にコントロールすることで、素晴らしい記録を残すまでになりました

結論

ヤコブ選手は「閾値トレーニング」を非常に重要視している。練習強度を精密にコントロールすることで、高いボリュームの閾値トレーニングをこなし、素晴らしい記録を残せるようになった

目次

インゲブリクトセン兄弟について

 ノルウェーのインゲブリクトセン兄弟は、800m~5000mで非常に優秀な成績を収めています。

ヤコブフィリップヘンリク
800m1:46.44
1500m3:28.303:30.003:31.5
5000m12:48.513:11.813:15.4
表1 インゲブリクトセン兄弟の記録(2021年8月8日時点)

 東京オリンピック2020の1500mで優勝したヤコブ選手だけでなく、兄であるフィリップ選手とヘンリク選手もかなりの実力を持っています。

 兄弟ということで遺伝的な要素を考えたくなります。

 しかし、兄弟そろって世界レベルで活躍していることを考えると、彼らが普段行っているトレーニングにポイントがあると考えるのが妥当です。

 兄弟のコーチは、父親のイェトです

 本記事では、彼らのトレーニング内容について根拠を持った解説をしていきます。

トレーニングの背景にある理論:マリウス・バッケンの練習理論

 インゲブリクトセン兄弟は、コーチである父親イェトが指導していますが、そのトレーニングは、マリウス・バッケン選手の練習理論を元に構築されています。

 マリウス選手は、1978年に生まれたノルウェーの陸上選手です。1500mで3:385000mで13:06、という記録を持っています。

 マリウス選手は、自分自身を実験台にして、いくつかのトレーニング方法を実践し、最終的に「大容量の閾値トレーニング」を行うことで飛躍的に記録を伸ばしました。

 その際、心拍数血中乳酸濃度のデータ、自身の疲労度等を詳細に記録し、現在のノルウェーにおける閾値トレーニングモデルの礎を築きました。

 インゲブリクトセン選手の父親イェトも、マリウス選手にアドバイスをもらいながら、トレーニングメニューを構築しました。

 インゲブリクトセン兄弟のトレーニングもマリウスの理論を応用し、1日当たり2回の閾値トレーニングが組み込まれています。

マリウス理論のポイント

 マリウスが提唱しているトレーニング理論のポイントは次の通りです。

マリウス理論の重要ポイント
  • マリウスの理論は主に10km~ハーフマラソンまでの種目に有効である
  • 血中乳酸濃度が3mmolを超える強度でのトレーニングは閾値強化に対してのメリットが少ない
  • 血中乳酸濃度が3mmol以下に制御することで、最小限の疲労で最大の効果を得られる
  • 1回当たりの閾値トレーニングボリュームを増やすよりも分割して行った方が効果が高い

 マリウスの理論は、主に血中乳酸濃度を指標にトレーニング強度をコントロールすることが推奨されています。

 インゲブリクトセン兄弟も、トレーニングにおいて血中乳酸濃度測定を行っています。

 しかし、私達市民ランナーにとって血中乳酸濃度を測定し管理することは難しいため、代替手段としては心拍数が最も適しています。

ヤコブ選手のトレーニングを市民ランナーが導入している例:兄のクリストファーさん

 ヤコブ選手の兄である、インゲブリクトセン・クリストファーさんは市民ランナーですが、Stravaでトレーニングログを公開しています。

Strava アカウント
Strava
Strava Runner Profile | Kristoffer Ingebrigtsen Kristoffer Ingebrigtsen is a runner from Sandnes. Join Strava to track your activities, analyze your performance, and follow friends. Strava members can plan r...

 ヤコブ選手のトレーニングモデルと同様に、閾値トレーニングをメインにしてトレーニングを行っている様子が分かります。

 興味があれば、フォローしてみてください。

具体的トレーニング内容の紹介

 インゲブリクトセン兄弟が普段行っているトレーニングを具体的に紹介していきます。

オフシーズン

 レースが近くないオフシーズンにおける、基本的なトレーニングスケジュールは次の通りです。

用語解説
  • Easy:イージージョグ。楽なジョギング。
  • Threshold:閾値トレーニング。
  • Strength:筋トレ等の爆発的パワー向上トレーニング
  • Up hill:坂道ダッシュ
  • Long Jog:ロングジョグ

・月曜
 AM:Easy 10km
 PM:Easy 10km
・火曜
 AM:5×6min rest60s Threshold
 PM:20~25×400m rest30s Threshold
・水曜
 AM:Easy 10km
 PM:Easy 10km
・木曜
 AM:5×6min rest60s Threshold
 PM:10×1000m rest60s Threshold
・金曜
 AM:Easy 10km
 PM:Easy 10km + Strength
・土曜
 AM:2×10×200m uphill rest Jog Back
 PM:Easy Threshold
・金曜
 AM:Long jog(20~25km)
 PM:Strength

 週間走行距離は160~180km程になります。

 火曜と木曜に閾値トレーニング土曜にヒルスプリント日曜はEasyペースでのロングランというスケジュールです。

 注目すべきは、火・木・土曜において、午前と午後ともに比較的高負荷と思われるポイント練習が組み込まれている点です。

 日本のランナーは多くの場合、週2回のポイント練習をこなしていくスタイルが大半を占めています。

 一方、インゲブリクトセン兄弟は、それを週6回もこなしていることになります。

 心配されるのはオーバーワークによる故障ですが、トレーニング強度のコントロールによって防いでいます

兄のヘンリクやフィリップのコーチングをしている時に、多くの怪我をさせてしまった経験から、故障なく練習を継続できるトレーニング強度を見出したようです

 5×6min Thresholdはクルーズインターバルです。ペース設定は2:55~3:00/kmで、ヤコブ選手の実力からVDOT Calculatorで算出すると、マラソンペースと同等のペース設定です。

 ペース設定はあくまで参考であり、身体の調子によってペース設定は柔軟に変更しています心拍数や血中乳酸濃度の測定を行い厳密に管理しています。

 5×6min Thresholdは血中乳酸濃度が2.0~3.0mmol/Lで管理しています。心拍数にすると83~87%HRmax程です。

 400m×25・1000m×10は、トレーニング中の血中乳酸濃度が2.5~3.5mmol/Lです。88~92%HRmaxです。

 5×6min400m×25・1000m×10では明確にトレーニング強度を分けています

 「2×10×200m uphill」坂ダッシュです。ペースは800mのレースペースから1500mのレースペースであり、リカバリーは上ってきた坂をジョグで下ります。

 疾走時間とリカバリージョグの時間比率は1:1.5~2.0坂ダッシュ後の血中乳酸濃度は5.0~10.0mmol/Lとなるようです。

 坂トレーニングを定常的に組み込むことで、レースに向けたトレーニングへスムーズに移行できると推測されます。

 レースの6週間前からは坂トレーニングをトラックでのスピードトレーニングに変えます

 実際に同様の坂トレーニングを行ってみると、適度に心拍も追い込まれます。VO2maxへの刺激も意識している可能性が高いです。

 ポイント練習の合間はEasyランで繋ぎます。

 週に1回、Easyペースでのロングランを行っています。ロングランは20~25km、時間にして1.5時間くらいです。

 ウェイトトレーニングも行っているようですが、その内容までは明らかにされていません。

レースが近づいてきたとき

 レースが近づいてくると、トレーニング内容が変わります。

  • 閾値トレーニング→ボリュームを下げる
  • 坂トレーニング→レペティションペースでのインターバル

 レペティションペースでのインターバルは、300m×10400m×10でおよそ1500mのレースペースです。

 レースの約6週間前からトレーニング内容を変更します。5000mに向けたトレーニング内容については明らかにされていません。

 レースに対して、特異的なトレーニングを組み込んでいく必要性はありますが、特異的な効果を最大限得るための期間は検討の余地がありそうです。

 

レース直前の調整メニュー

 土曜にレースがある場合、直前の調整メニューは下記の通りです。

Wednesday
AM: 8km Easy
PM: 2 x 2min threshold, 3x300m + 5x200m at 1500m pace

Thursday
AM: 30mins Easy
PM: 30mins Easy

Friday
AM: 200m, 150m, 2x120m fast with walk/jog back recovery.
PM: Rest 

Saturday 
AM; 15mins Easy + 2 WS
PM: Race

 調整メニューについては、各個人それぞれですが、参考になればと思います。

閾値トレーニングをとても重要視している

 レースが近づいてきたとしても、基本的なトレーニング内容の構成は変わりません。従って、年中通して閾値トレーニングをメインに据えたトレーニング計画としていることが分かります。

 ダニエルズのランニング・フォーミュラやリディアードのランニングトレーニングでも紹介されている通り、最大酸素摂取量は短期間でピークに達します。

 従って、継続的・漸進的に改善を図るべき能力は閾値であると考えられます。

 コーチであるイェトは、この点に着目し、インゲブリクトセン兄弟に対して閾値トレーニングのボリュームを最大限増やしたようなメニュー構成にしていると考えられます。

 オフシーズンに行う閾値トレーニングや坂トレーニングは、怪我を未然に防ぐことも考慮されています。

 例えば登り坂のトレーニングは、平地でのスピードトレーニングと比較して膝等への衝撃が少ないです。

 私自身が、記録を伸ばすために最も重要な要素であると考えている「怪我無く練習を継続すること」も十分に考慮されています。

自分自身のトレーニングで試していく

 私も、市民レベルで競技を続けている身です。

 インゲブリクトセン兄弟のトレーニング手法に出会う前までは、ダニエルズのランニング・フォーミュラに代表される取り組み方でトレーニングを構成してきた。

 世の中の人と全く同じことをしているだけでは、記録の伸び代もたかが知れている。そこで、2021年の5月からはインゲブリクトセン兄弟のトレーニング内容を自分用にアレンジして取り組み始めた。

 ダニエルズ、リディアードのトレーニング手法と、インゲブリクトセン兄弟のトレーニング内容は、まるで違うか?と言われたら、そんなことはありません。

 トレーニング内容をアレンジすれば十分に計画できるようなものではありますが、重要視している能力(=閾値)が明確であるかどうかの違いだ。

 今後もし、自分自身の競技成績が向上してきたら、この取り組みが間違っていなかったことが証明される。そうなったら、私自身のトレーニング内容を公開し発信していきたいと思います。

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