- マラソンで速くなるためには「きついトレーニング」は必要?
- どのくらいの割合で「高強度トレーニング」を行えばいいの?
ランニングを長く継続していると、できるだけ楽なトレーニングで効率よく速くなりたい、と考えるランナーも多いのではないでしょうか。
私自身もその一人です。ほとんどの練習を一人でこなさなければならないため、きつすぎる練習はできないし、心が折れそうになります。
本格的にランニングを始めた当初はダニエルズのランニング・フォーミュラを参考にトレーニングを進め、みるみるうちに記録が伸びていきました。
2021年末から、ヤコブインゲブリクトセン選手が取り入れている閾値トレーニングモデルに着目。現在では、閾値トレーニングを中心としたメニューをこなしています。
しかし、2022年以降、怪我や体調不良などもありましたが思うように記録が伸びていません。
明らかな違いは、閾値トレーニングをメインに行い始めたことであり、いわゆる高強度トレーニングが減少していることがあげられます。
そこで、なぜ高強度トレーニングが必要なのか?についてもう一度考え直し、自分の取り組みを見直したいと考えたことが、本記事執筆のきっかけです。
本記事を読めば、速くなるためになぜ高強度トレーニングが必要なのかを理解することができます。
速くなるためには高強度トレーニングが必要
はじめに結論を述べます。速くなるためには高強度トレーニングが必要です。
高強度トレーニングをしないで世界のトップに立っているランナーはいません。ゆっくり走っているだけでは速くなれません。
ただし、「高強度トレーニング=「ぜぇぜぇはぁはぁ」するようなトレーニング」ではありません。また、高強度トレーニングをすればするほど速くなる、というものでもありません。
以下では、「速くなるために、なぜ高強度トレーニングが必要なのか」について解説していきます。
高強度トレーニングで得られる効果、適切な実施方法について説明します。
高強度トレーニングの定義
はじめに高強度トレーニングを定義します。
トレーニング強度は、以下のように5つに分類されます。
運動強度 | 強度名称 | 強度区分 | ※1 %HRmax | ※2 %VO2max | ※3 血中乳酸濃度 mmol/L |
---|---|---|---|---|---|
zone1 | Easy | 低強度 | 60~71 | 50~65 | 0.8~1.5 |
zone2 | Moderate | 低~中強度 | 72~82 | 66~80 | 1.5~2.5 |
zone3 | LT | 中強度 | 83~87 | 81~87 | 2.4~4.0 |
zone4 | OBLA | 高強度 | 88~92 | 88~93 | 4.1~6.0 |
zone5 | VO2max | 高強度 | 93~100 | 94~100 | >6.1 |
Sprint | 高強度 | - | 100~ | - |
- ※1 %HRmax:最大心拍数に対する割合。
- ※2 %VO2max:最大酸素摂取量に対する割合。
- ※3 血中乳酸濃度:血液中の乳酸濃度。専用の測定機器でしか測ることができない。競技レベルが向上すると、同じ強度でも血中乳酸濃度の数値は低下する傾向がある。
zone4~zone5以上に相当するのが高強度トレーニングです。
レペティショントレーニングやスプリント系のトレーニングは100%VO2max以上なので高強度に分類します。
高強度トレーニングがなぜ必要なのか?
高強度トレーニングが必要な理由は「高強度トレーニングじゃないと得にくい効果があるから」です。
最大酸素摂取量を例にあげます。
最大酸素摂取量は記録を推測するのに重要な生理学的指標のうちの一つです。単位は「ml / (kg・分)」であり、1kgの体重あたり、1分でどれだけの酸素を使えるかの指標になります。
ランニング初心者であれば、軽いジョギングでも最大酸素摂取量は向上します。これは、本来その方が体の資質として持っている酸素摂取量に対して、現在の状態が低すぎるためです。
しかし、ランニング初心者でも、ある一定以上のレベルに到達して、さらに高い酸素摂取量に到達したい場合には、高強度でのトレーニングが必要になります。
ではなぜ、高い強度のトレーニングじゃないと最大酸素摂取量を高めることができないのでしょうか?その理由としては、以下のようなものがあげられます。
- 強度を上げることでより多くの筋繊維が動員される
- ミトコンドリアの機能向上が「強度」によって達成される
強度を上げることで筋繊維が動員される
人の体には、遅筋繊維(TypeⅠ)・中間型速筋繊維(TypeⅡa)・速筋繊維(TypeⅡx)の3タイプの筋繊維があります。運動強度が低い時には遅筋繊維のみ使われ、運動強度が高くなってくると中間型速筋繊維が使われます。
さらに運動強度が高くなると、速筋繊維も使われるようになります。これらの関係を図で示したのが、図1です。
基本的には、「使われた筋肉だけが適応」します。
また、筋肉を使えるように呼び起こすだけではなく、速筋繊維を持久力を持った中間型速筋繊維に変化させるためには、トレーニングを繰り返し行うことが必要です。
それまでは無酸素でエネルギーを作り出すことしかできなかった速筋繊維が中間型速筋繊維に変異すると、酸素を使った有酸素代謝が可能になるため、体全体として酸素摂取量は向上していくことになります。
速筋繊維が持久力を持つ
=酸素を使ってエネルギーを産み出すことができる中間型速筋繊維へと変化する
=体で使える酸素の量が増大する(→酸素摂取量の増加)
細かく言えば、非常に長い時間のロングジョギングを行えば、低強度であっても速筋繊維が動員されることが知られているため、低強度でも速筋繊維を鍛えることができる可能性はあります。
ただ、高強度トレーニングで同じ効果が得られるなら、短い時間でさっとやってしまった方が費用対効果も大きいです。
高強度トレーニングは、短い時間で速筋繊維を鍛えることができる効率が良いトレーニングと言えます。
ミトコンドリアの機能向上は「強度」によって達成される
走るためのエネルギーを産み出すミトコンドリアの機能は、運動強度によって向上することが知られています。
ミトコンドリアを含む組織が酸素不足状態になることで、ミトコンドリアが適応するための酵素活性が高くなることが分かっています。酸素不足状態になるためには運動強度を高める必要があります。
高強度トレーニングによって得られる効果
高強度トレーニングによって得られる効果を詳しく解説していきます。
はじめにまとめると、高強度トレーニングによって得られる効果は次の通りです。
- ミトコンドリアの機能向上
- 乳酸を出す力の向上
- 速筋繊維の持久力向上
- 筋緩衝能力の向上
- 神経系の改善
それぞれ詳しく解説していきます。
ミトコンドリアの機能向上
一つ目が先ほども述べたミトコンドリアの機能向上です。
よく「ミトコンドリアの量を増やすためにはジョギングをする」と言われることもありますが、それは間違っていません。
一方でミトコンドリアの「機能」に着目した場合、トレーニングの強度と強く相関していることが知られています。
ミトコンドリアの新生を示すシグナル分子としては、AMPK(activated protein kinase)、CaMKⅡ(カルモジュリン依存性キナーゼII)、p38 MAPK(P38 mitogen-activated protein kinase)、乳酸(lactic acid)の4つが考えられています。
これらのうち、AMPKやCaMKⅡは高強度なトレーニングでのみ高まるシグナルとされています。
また、基本的に使われた筋繊維でのみ適応が起こるため、高強度トレーニングによって動員された速筋繊維ではミトコンドリア容量の増大や機能向上が起こりますが、使われずに眠っている速筋繊維ではミトコンドリアの適応が起こりません。
したがって、走る時に使う筋肉のミトコンドリアを適応させるためにはできるだけ多くの筋繊維を動員できる高強度なトレーニングが必要です。
乳酸を出す力の向上
乳酸を血管に放出する能力の向上にも、高強度トレーニング適しています。
速筋繊維ではミトコンドリアが少ないため、発生した乳酸を処理することができません。そうすると、速筋繊維の周囲では乳酸濃度がどんどん高まります。
乳酸と同時に発生する水素イオンの影響で血液が酸性に傾き、エネルギー代謝がスムーズに行えなくなることで、速筋繊維を動かすことが難しくなっていきます。
速筋繊維で溜まっていく乳酸は、細胞外に放出され、遅筋繊維へと取り込まれてから処理されます。このことを細胞間乳酸シャトルと呼びます。
細胞外に放出する時には、MCT4:乳酸トランスポーターが必要になります。
MCT4は、乳酸が多量に生成されるような高強度のトレーニングを行うことで、増加することが実験的に分かっており、低強度の持久的トレーニングでは増加しないことが認められています。
MCT4を増やすためには速筋繊維が多く導入される高強度トレーニングを行うことが必要だと考えられます。
速筋繊維の持久力向上
上で少し述べましたが、速筋繊維が持久力を獲得するためには、高強度なトレーニングを繰り返し行うことが必要です。
図1の運動強度と筋繊維動員率でも示しましたが、運動強度が75%VO2max程度からⅡx型の速筋繊維が動員されはじめます。ランニングのペースにすると、およそマラソンペース前後以上のペース、ということになります。
速筋繊維を動員しながら、繰り返しトレーニングを行うことによって、速筋繊維が持久力を獲得(=ミトコンドリア容量の増大、乳酸放出能力の向上)し、速いペースを長く維持できるようになります。
筋緩衝能力の向上
高強度運動では、多くの水素イオンが生成されます。水素イオンが産まれる仕組みの説明はここでは省略しますが、体内で発生した二酸化炭素や、乳酸の生成、ATPの分解と共に水素イオンが発生します。
水素イオンが増えると、運動パフォーマンスが制限されます。その要因は主に2つです。
- 解糖系および有酸素性のATP産生に関わる重要な酵素の働きを妨げてしまうこと
- 筋収縮に必要なカルシウムイオンと干渉してしまうこと
難しいことを言いましたが、高い運動強度は、運動を続けることを妨げるような水素イオンを発生させる、と理解できれば良いと思います。
そんな水素イオンの悪影響を防ぐのが「緩衝作用」です。
緩衝作用とは、筋や血液が酸性に傾くことを防いでくれる作用です。筋が酸性に傾くと運動パフォーマンスに悪影響を与えます。筋における緩衝作用は主に2つの方法で行われます。
- 細胞内緩衝物質(=カルノシンなど)と水素イオンが結合
- 水素イオン輸送体(MCT)が筋繊維外に水素イオンを運搬
高強度な運動を行うと筋肉内で水素イオンが発生しますが、①水素イオンと緩衝物質が結合すること、②水素イオン輸送体が筋肉の外に水素イオンを運搬することで、その水素イオンを減らそうとします。これが緩衝作用です。
この細胞内緩衝物質、特にカルノシンと、水素イオン輸送体(MCT4)を増やしてくれるのが高強度トレーニングです。
これらは低強度トレーニングを行うだけでは増加しないと言われています。
神経系の改善
高強度トレーニングを行うことで鍛えることができるものの一つに「神経系」があります。神経系を説明するために、以下図には、レジスタンストレーニング(=筋力トレーニング)を始めてから筋力が増加していくときのグラフを示しました。
筋力は主に2つの要因によって向上します。1つ目が筋肥大、2つ目が神経系の適応です。
筋肥大は想像しやすく、筋肉が太く強くなれば、持ち上げることができる重さも増えていく、そんなイメージです。
特にトレーニング初心者のうちは「神経系の適応」による筋力向上が、大部分を占めることがわかっています。神経系の適応を難しい言葉で解説すると次の通りです。
特定の動作パターン中に運動単位を動員し、運動ニューロンの発火頻度を変化させ、そして運動単位の同期率を高める能力を改善し、神経系による抑制の解除をもたらす
分かりやすく言い換えると、「強い力を発揮しようとする動作を繰り返すと、より多くの筋繊維を同時に使おうと体が適応し、一回の動作で使える筋繊維の量が増えていく」と言えます。
人は持っている筋繊維のうち何割かは働かないで眠った状態になっています。これが、強い運動を行うことで呼び起こされ、使えるようになる、というイメージです。
これはランニングトレーニングでも同じことが言えます。特に短いダッシュ等の強度が高い動作をすると、神経系の適応が起こり、一度に発揮できる筋力が向上します。
この神経系の適応も、高強度なトレーニングを行うことで得られる能力のうちの一つです。
高強度トレーニングの効果例:サラブレッドの例
高強度トレーニングによって高強度運動時のエネルギー代謝がどのように変わるのかを調査するため、サラブレッドに110%VO2max強度で3分間の高強度トレーニングを9週間行いました。
その結果、解糖系酵素活性は高まらず、ミトコンドリア酵素活性及び脂肪酸化酵素活性が高まったとの結果でした。
この結果から、糖質を多く消費する強度帯のトレーニングによって、脂肪利用能力及び糖質・乳酸酸化能力(=ミトコンドリア活性)を高めることができた、といえます。
速筋繊維の糖質・乳酸・脂肪の酸化能力が高まるということは、速筋繊維がFOG繊維化することと同義です。高強度トレーニングの実施により、速筋繊維のFOG繊維化が達成されたことが分かります。
高強度トレーニングを取り入れる際の注意点
高強度トレーニングは速くなるために必要なトレーニングですが、やればやるほどいい、というわけではありません。
以下では、高強度トレーニングを取り入れる際の注意点を説明します。
回復が間に合う強度と量で行う
高強度トレーニングを取り入れるうえで最も意識しなければならないことが、「回復が間に合う強度と量で行う」ということです。
適切な負荷が体にかかり回復することで、体は徐々に適応していきます。負荷が大きすぎると体が適応する前にまた負荷がかかる、を繰り返すため、能力が伸びていきません。
一つの例として、エリートアスリートのトレーニング強度配分を調べてみると、およそ低強度:高強度の割合が80%:20%であると言われています。
トレーニングボリュームが多く、リカバリーの質も高いエリートアスリートでさえ、高強度トレーニングの割合はたった20%です。
私たち市民ランナーのほとんどは、仕事との両立が必要です。リカバリーの質も低下しがちです。そんな中、高強度のトレーニングをやりすぎれば、回復が間に合わないことも明確です。
ダニエルズのランニング・フォーミュラでは、一回の高強度トレーニングで行う量の上限について以下のように述べられています。
ペース | 距離上限 |
---|---|
Mペース | 週間走行距離の20%以下 |
Tペース | 週間走行距離の10%以下 |
Iペース | 週間走行距離の8%以下 |
Rペース | 週間走行距離の5%以下 |
これはあくまでも一例です。その人ごとに、回復が間に合うトレーニング強度とボリュームは変わってくると考えられます。
高強度の中でも「強度の制御」を意識する
高強度トレーニングに分類されるトレーニングの中でも、強度の制御を意識する必要があります。なぜなら、高強度もさらに細分化され、それぞれで実施目的が異なるためです。
参考として、ダニエルズのランニング・フォーミュラに掲載されているペース名称を運動強度に当てはめ、その実施目的を記載します。
運動強度 | ダニエルズペース名称 | 実施目的 |
---|---|---|
zone4 | Tペース | 乳酸性作業閾値の向上 |
zone5 | Iペース | 最大酸素摂取量の向上 |
zone6 | Rペース | 最大スピードの向上 |
実際に書籍に書かれている内容とは若干異なりますが、わかりやすいように記載しました。Rペース(=レペティション)は便宜的に「zone6」に分類しました。
実際にはzone5のIペースのトレーニングであっても、乳酸性作業閾値の向上効果はあります。強度によって明確に効果がわかれるわけではなく、グラデーションのように得られる効果が変わっていく、というイメージです。
このように、一口に高強度と言っても、それぞれ実施目的が異なるため、目的に合わせた高強度トレーニングを行うことが必要です。
高強度トレーニングの取り入れ方
具体的な高強度トレーニングの取り入れ方について少し紹介します。
回復が間に合う範囲で高強度トレーニングを取り入れるために参考になるのが「80:20」の法則です。
低強度:高強度の比率を80:20程度にすると、高強度トレーニングの効果が最大化されそうだ、ということが経験的に導き出されています。
高強度トレーニングの取り入れる比率について次の記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。
以上、「速くなるためにはなぜ高強度トレーニングが必要なのか?」について解説しました。
取り組んでいる種目がフルマラソンなのか、5000mなのか、などによっても、高強度トレーニングを取り入れるべき割合やその内容は変わります。
自分が置かれている環境や持っている基礎体力によって、適切な実施量と負荷が変わります。
自分に適した強度と量のトレーニングを探してみましょう。
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