※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。改訂履歴は記事の最後に記載しています。
【モデレートペースの役割】「中強度ランニング」の効果と実施すべきタイミング
- モデレートペースってどのくらいの強度のランニング?
- 「速いジョグ」って意味あるの?
- 中強度でのランニングトレーニングの指標を具体的に知りたい
モデレート(Moderate)ペースという言葉を聞いたことがあるランナーもいらっしゃると思います。別の言葉で言うと「中強度ランニング」です。
中強度って具体的にどのくらいの強度なのかよくわからないランナーの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程を走り、競技志向でランニングに取り組んでいます。
本記事では、モデレート強度でのランニングトレーニングについて解説します。Easyペースでのランニングよりは強度が高く、LT強度よりは低いという位置づけになります。
モデレート強度でのランニングトレーニングは、長距離種目における有酸素能力を向上させる上で、最も効率が良いトレーニングであると言えます。
モデレートペースの定義
「モデレート」という強度はなじみが少ないかもしれません。ランニングトレーニングの名著である「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」でも、モデレート強度は説明されていません。
海外で使われることが多いのですが、EasyとLT強度の中間に位置する強度になります。
主観的なきつさで説明すると「きつさ感じない限界のペース。走っていて快適。モデレートペースで走った翌日は疲れが増えも減りもしない状態」と定義できます。
ランニングトレーニングにおけるトレーニング強度は、次のように分類されます(パワーズ運動生理学より一部引用)。
運動強度 | 強度名称 | 強度区分 | ※1 %HRmax | ※2 %VO2max | ※3 血中乳酸濃度 mmol/L |
---|---|---|---|---|---|
zone1 | Easy | 低強度 | 60~71 | 50~65 | 0.8~1.5 |
zone2 | Moderate | 低~中強度 | 72~82 | 66~80 | 1.5~2.5 |
zone3 | LT | 中強度 | 83~87 | 81~87 | 2.4~4.0 |
zone4 | OBLA | 高強度 | 88~92 | 88~93 | 4.1~6.0 |
zone5 | VO2max | 高強度 | 93~100 | 94~100 | >6.1 |
Sprint | 高強度 | - | 100~ | - |
- ※1 %HRmax:最大心拍数に対する割合。
- ※2 %VO2max:最大酸素摂取量に対する割合。
- ※3 血中乳酸濃度:血液中の乳酸濃度。専用の測定機器でしか測ることができない。競技レベルが向上すると、同じ強度でも血中乳酸濃度の数値は低下する傾向がある。
モデレート強度は低~中強度に区分され、心拍数で言うと72~82%HRmax程度になります。
「中強度」に分類され「速いジョグ」と呼ばれる
上記で示した通ように、モデレートペースでのランニングトレーニングは「低~中強度」に分類されます。
ランナーの中で「中強度」のトレーニングというのは馴染みが少ない方も多いかもしれません。低強度か高強度かという話は、よく聞くと思います。
私自身の感覚としては、「速いジョグ」と呼ばれるようなランニングがちょうどモデレートペースに相当する、という感覚です。
「速いジョグ」を行っている本人としては翌日に疲労が残らないので「ジョグ」という感覚で走っています。
周りから見ると、「ジョグにしては速すぎるよ」という感覚です。まさしくこれは、Easyなペースでのジョグと、モデレートなペースでのジョグの違いだと考えています。
モデレートペースでのランニングで得られる効果
モデレートペースでのランニングで得られる効果は、基本的にEasy強度で得られる効果と同じです。モデレート強度で得られる効果は次の通りです。
- 怪我に対する耐性を作り上げること
- 心筋を発達させること
- 毛細血管新生(活動筋に酸素を運搬する微細な血管が増える)
- ミトコンドリアの新生/機能向上
ただ、モデレート強度でないと得にくい効果があります。それはミトコンドリア機能向上の一部である「乳酸を処理する能力」です。Easy強度よりも乳酸生成量が高まるため、乳酸をエネルギーに変換していく能力の向上が期待できます。
また、モデレート強度まで上げることでEasy強度よりも多くの「速筋繊維」が動員されます。
基本的にはトレーニングで使った筋肉しか適応していかないことを考えると、モデレート強度まで上げることで速筋繊維の持久力をつけることが可能になります。
図1で運動強度に対する活動筋繊維の割合を示しますが、上述した強度区分から、モデレート強度でのランニングはタイプⅡa繊維をフル稼働させることができ、タイプⅡxの速筋繊維も一部動員できる強度であることが分かります。
トレーニング効果は、トレーニング強度によってグラデーションのように変わっていきます。Easyからモデレート、LTと徐々に強度を上げていくと、動員される筋肉も変わり、得られる効果も同様に変わっていきます。
モデレート最大の利点:コストパフォーマンスが高い
モデレートペースでのランニングが非常に優れている点はとてもコストフォーマンスが高いということです。
ランニングトレーニングにおいてのコストは「疲労」です。「トレーニング後、どれだけ疲労が残るか?」がコストに値します。
一方でパフォーマンスに相当するのは「効果」です。つまり、できるだけ少ない疲労で出来るだけ高い効果を得る=「コストパフォーマンスがいい」となります。
表1で示した強度分類にて「血中乳酸濃度」の項目があります。血中乳酸濃度は特別な機器がないと測定できない数値になりますが、モデレート強度でのランニングでは、血中乳酸濃度が1.5~2.5mmol/L程度になります。
図1に示したようにモデレート強度はある程度疲労耐性があるTypeⅡa繊維がフル稼働する強度であり、疲労しやすいTypeⅡx繊維の動員はわずかです。
ほぼ疲労に強い筋繊維のみで行える最大強度のトレーニングがモデレート強度でのランニングと言え、このことが疲労が最小限で効果がある程度高いと言われるゆえんだと考えています。
実際「血中乳酸濃度を3.0mmol/L付近以下に抑えると、トレーニングによる疲労が極端に少なくなる」ということを語っている提唱者がいます。マリウスバッケンさんです。
マリウスさんが、1000回以上もの血中乳酸濃度測定によって得られた知見としてこのことを紹介しています。
マリウスさんは、世界の中距離で大活躍しているヤコブ・インゲブリクトセン選手が採用しているトレーニング理論の提唱者でもあります。
このように、世界でも活躍している選手のトレーニングの基礎理論にもなっている事実でも、モデレート強度のコストパフォーマンスは示されていると言えそうです。
モデレート強度の主観的きつさ・ペース・心拍数
モデレート強度の主観的きつさやペース、心拍数の設定方法を解説します。
ペースや心拍数の目安はありますが、基本的には主観的なきつさを重要視して取り組むのがおすすめです。
主観的きつさ
モデレートペースでは主観的に「きつい」と感じることはありません。Easyペースでのランニングよりは楽ではないですが、「ずっと走り続けることができそう」という感覚です。
私自身の感覚で別の表現をすると「このくらいのペースなら毎週2時間のロングランができる」という感覚です。
もちろん2時間もモデレートペースで走れば、最後の方は少しきつく感じると思いますが、1時間程度であればきつさは全く感じません。
Easyは割と意図的に遅く走るという感覚がありますが、モデレートは思った通りに気楽に走ると自然と出るペース、といった感じです。
ペース設定
モデレートペースは「ランニングを科学する」でよく紹介しているVDOT Calculatorでは算出できないペースになります。
ペース設定をあえて示すとすると、Easyペースの中間くらいからマラソンペース下限くらいまでとなります。EasyペースとマラソンペースはVDOT Calculatorによって計算することが可能です。
心拍数設定
モデレート強度での心拍数目安は72%~82%HRmaxです。
しかし、心拍数の数値は個人差が大きく、もう少し高めでも主観的には楽である可能性もあります。まだランニングを始めて間もないランナーは心拍数も上がりやすい傾向があります。
モデレート強度がランニングトレーニングの基本
ランニングトレーニングは、どんなエリートランナーでも約80%が比較的楽な強度でのトレーニングだと言われています。
しかし、ダニエルズのランニング・フォーミュラでのEasy強度が65~79%HRmaxで設定されているように、Easyな強度にもかなりの幅があることがわかります。
ここからは私自身の意見になりますが、ランニングトレーニングの基本はこのモデレート強度であると考えています。
冒頭でも述べた通り、モデレート強度は「翌日に疲労が増えていない強度」と定義しています。
つまり、毎日モデレート強度で走っても大丈夫、ということになります。
ランニングトレーニングの基本強度はモデレートにするべきであり、疲労を回復させたい時はEasyまで落とし、強度を高めたい時はLT以上の強度でトレーニングを行う、ということです。
モデレート強度はランニングトレーニングの中で最もコストパフォーマンスが高いトレーニングです。自分のトレーニングに適切に組み込んでみてください。
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