※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。改訂履歴は記事の最後に記載しています。
【低酸素トレーニングのすべて】体に起こる効果と実施方法を徹底解説
- 低酸素トレーニングって、どんな効果が得られるの?
- 低酸素トレーニングを試してみたいけど、費用が高くて悩んでいる
- レースで速く走るための、低酸素トレーニングの適切な実施方法が知りたい
低酸素トレーニングを行うことができるフィットネスジムや施設が増えてきました。低酸素トレーニングに興味がある方も多いのではないでしょうか。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500kmほど走り、競技志向でランニングに取り組んでいます。
ここでは、低酸素トレーニングについて、得られる効果や適切な実施方法を徹底解説します。
本記事を読めば、レースでの記録向上を目的とした低酸素トレーニングを理解することができ、自分自身に必要なトレーニングなのかを理解することができます。
トレーニングの一部を適切な低酸素トレーニングに変えることで、最大酸素摂取量と乳酸性作業閾値の改善が見込めます。
血液性状を変えるためには、低酸素状態に長い時間居ることが必要です。練習の一部を低酸素トレーニングに置き換える場合、短期間では血液の改善が達成できないと考えられます。
- 高地トレーニング、低酸素ルームでのトレーニングを「低酸素トレーニング」と定義
- 低酸素トレーニングにより、呼吸筋の強化、赤血球の生成、生理学指標(LT値、VO2max)の改善が見込める
- 赤血球の生成は、低酸素状態に長期滞在(1日12時間以上かつ2週間以上)が必要であると言われている
- デメリットとして、運動強度が上げられないことによる筋力低下の可能性がある
- 低酸素環境下で、週1~2回、心拍数150bpm前後でのトレーニングでも、生理学指標の改善が見られた
低酸素トレーニングに取り組もうと思ったきっかけ
私自身が低酸素トレーニングに取り組もうと思ったきっかけは、以下の通りです。
- パーソナルトレーニングで指導している方が、低酸素トレーニングを取り入れていた
- 家の近くに、低酸素トレーニングが行えるジムがあった
- 低い運動強度でも、代謝機能を追い込める可能性を感じた
- 怪我を予防できると考えた
低酸素トレーニング中は血中酸素濃度が低下した状態となるため、走る動作に必要な酸素を筋肉に送り届けるために、普段よりも高い心拍数で多くの血液を流そうとします。
筋肉では、血液中にある酸素からエネルギーを作り出すことになりますが、そもそも血液中に酸素が少ないと、一生懸命酸素を血液から抜き取って、必要なエネルギーを作り出そうとします。
このように、通常の酸素濃度で走っているときより遅いペースでも、体の代謝機能に刺激を入れることができることが、低酸素トレーニングのメリットだと考えました。
平地で同じように代謝機能へ刺激を入れようとすると、相当運動強度を高める必要があり、怪我につながります。
実際、2023年1月以降、オーバートレーニングによって大きな怪我を経験しました。このような怪我を予防するためにも、低い運動強度で追い込める低酸素トレーニングに注目しました。
低酸素トレーニングとは?:低酸素状態でトレーニングを行うこと
低酸素トレーニングとは、「低酸素状態でトレーニングを行うこと」を示します。
低酸素トレーニングは大きく分けて以下の3つに分けられます。
- 高地でのトレーニング(標高が高い場所)
- 低酸素室、低酸素ルームでのトレーニング(フィットネスジムなど)
- 低酸素マスクをつけた状態でのトレーニング(低換気トレーニング)
高地でのトレーニング
高地(標高が高い地域)では酸素濃度が低いため、高地でのトレーニングは低酸素トレーニングとなります。
高地では、酸素濃度が低いだけでなく気圧も低い、という要素もあるため、より血液に酸素を取り込むことが困難になります。このような状態を、「低圧低酸素状態」と呼びます。
エリートランナーや実業団選手は、レースがしばらくない期間は高地に滞在してトレーニングを行い、レース前になると高地から降りてきて、体を慣らしてからレースに参加します。
低酸素室でのトレーニング
意図的に酸素濃度を低くした部屋で運動を行うことで、低酸素トレーニングを行うことができます。
フィットネスジム等でよく見るのは、このタイプとなります。ハイアルチ、などが低酸素フィットネスジムで有名です。
低酸素室の場合は、酸素濃度は低く気圧は通常通りの「常圧低酸素」であることが多いです。
気圧が低いことで、血液中への酸素取り込みがさらに制限されることになるので、低圧低酸素では「高山病」になることがありますが、常圧低酸素室では高山病になりにくいことが特徴です。
低酸素室は、標高2500m~3000mの酸素濃度に設定されることが多いです。
低酸素マスクをつけた状態でのトレーニング
この中で、「低酸素マスクをつけた状態でのトレーニング」は厳密にいうと、低酸素トレーニングではありません。低換気トレーニングと言います。
低酸素マスクをつけるトレーニングは、一回の呼吸で吸うことができる空気量を制限することで疑似的に低酸素状態を作り出すことになるのですが、空気に含まれる酸素濃度は変化がありません。
低酸素マスクをつけた場合は、呼吸数を増やせば、マスクをつけた状態と変わらない酸素濃度となります。
そのため、血中酸素濃度が低下することよりも先に、呼吸が苦しくなることが多いため、低酸素トレーニングとしての効果は低いと考えられます。
本記事では、高地でのトレーニング、もしくは、低酸素室でのトレーニングを想定して、低酸素トレーニングの効果を解説していきます。
低酸素トレーニングの効果とメリット
低酸素トレーニングを行うことで得られる効果を考えるにあたり、以下の要素を考慮する必要があります。
- 肺換気能力の向上(呼吸筋肉の強化)
- エリスロポエチン(EPO)の生成による赤血球(ヘモグロビン)の生成
- 血液から筋繊維に酸素を取り込み使う能力
肺換気能力の向上(呼吸筋肉の強化)
空気中の酸素は、気管支を通ったのち、肺胞にて酸素を血液に受け渡します。肺胞の周りには血管が通っています(図1)。
血液中に取り込まれる酸素量は、血液の中に含まれる酸素と肺胞の中に取り込んだ酸素の差によって決まります。その差が大きいほど、一度にたくさんの酸素を肺胞から血液中に取り込むことが可能です。
低酸素環境下では、肺胞の中に取り込む酸素の量が少なくなるため、呼吸数を増加させてより多くの酸素を取り込もうとします。
呼吸数が増加すると、呼吸筋肉(横隔膜など)が活発に働きます。呼吸筋肉は主に遅筋繊維で構成されており、疲労しにくい筋肉ですが、低酸素トレーニングを重ねることで呼吸筋が強化されます。
呼吸筋が強化されると、肺換気量が増大します。
赤血球・ヘモグロビンの生成
低酸素状態に長期間曝露されると、体は酸素供給を向上させるために、エリスロポエチン(EPO)というホルモンの生成を刺激します。
EPOは、骨髄を刺激して新たな赤血球を生成します。赤血球(ヘモグロビン)は酸素と結びつき全身に酸素を運ぶ役割を持っているため、赤血球が増加すると血液の酸素運搬能力が増加します。
酸素と結びつくのは赤血球に含まれるヘモグロビンであるため、酸素運搬能力は赤血球数とヘモグロビン濃度によって決まります。
ただし、「血液中の赤血球が増える効果がみられるのは低酸素状態に長い時間滞在することが必要」と言われています。
具体的には、2000~2500mの高地で1日あたり12時間以上・2~3週間が血液性状の改善に必要と言われています。
普段は低地で過ごし、ジムなどで短時間の低酸素トレーニングを行うだけでは、赤血球の増加やヘモグロビン濃度の向上を達成することは難しい、というのが一般的な考え方です。
血液からの組織への酸素抽出・酸化能力の向上
肺胞で酸素を取り込んだ血液は、心臓を経由して全身に運ばれます。
体の各組織ではエネルギーを作り出すために、血液から酸素を取り込み、ミトコンドリアでエネルギー(ATP)を産生します。
血液中ではヘモグロビンが酸素を手放し、酸素が血管の壁を通って筋肉に取り込まれる必要があります。筋肉に取り込まれた酸素は、ミトコンドリアでエネルギーを産生することに使われます。
低酸素状態でトレーニングを行うと、血中酸素濃度が低下します。血中酸素濃度が低下すると、血液から筋肉に取り込むことができる酸素量が減ります。血液からより多くの酸素を筋肉に取り込めるように適応します。
結果として、血液から酸素を筋肉に取り込み使う能力(=動静脈酸素較差)が向上し、最大酸素摂取量や乳酸性作業閾値が向上します。
ペースが遅くても代謝機能を追い込むことができる
低酸素トレーニングのメリットとして「ランニングペースが遅くても代謝機能を追い込めること」が挙げられます。
普通なら、ある程度疾走ペースを上げて体の酸素摂取量を上げていかないとLT強度以上には達しませんが、低酸素下でトレーニングを行うことによって、低い疾走ペースでも体内は酸素不足になり代謝機能への刺激が入ります。
これは、怪我を防ぎなが有酸素能力を向上させるにはとてもメリットになります。有酸素代謝機能への刺激が入るのであれば、疾走ペースは遅ければ遅いほどいい(=怪我予防として)と言えます。
低酸素トレーニングのデメリット:運動強度が低下し筋力が落ちる
低酸素トレーニングのデメリットは、通常の酸素状態で行うトレーニングよりも、低酸素状態で行うトレーニングの方が運動強度が下がってしまうため、筋力が低下してしまう可能性があることです。
低酸素ルーム等、生活の一部で低酸素トレーニングを取り入れている場合には発生しにくい現象ですが、高地に長期滞在している場合などに発生する可能性がある現象です。
低酸素状態では最大酸素摂取量(VO2max)が低下する
低酸素状態では、最大酸素摂取量が低下します。図2は、標高が高くなるほど最大酸素摂取量が低下することを示したグラフです。
したがって、低酸素環境下では、運動強度(=酸素摂取量)を上げることが難しいと考えられます。
低酸素状態でVO2maxが低下する理由
最大酸素摂取量(VO2max)は、以下の要因で決まります。
- 最大心拍出量(SV):心拍1回当たりの最大血液拍出量
- 最大心拍数(HRmax)
- 動静脈酸素較差(a-vDO2max)
心臓から送り出される血液(=動脈)に含まれる酸素量と、各組織から心臓に戻ってくる血液(=静脈)に含まれる酸素量の差
このうち、低酸素状態でも心拍出量と心拍数は変化が少ないことで知られています。低酸素状態でVO2maxが低下するのは動静脈酸素較差が低下することが原因です。
動静脈酸素較差が低下するのは、血液中のヘモグロビン酸素飽和度(=血中酸素濃度)が低下することが要因です。
血液中に取り込むことができる酸素量が少ないので、筋肉において血液から抜き取れる酸素の量も少なくなるため、動静脈酸素較差が低下し、結果的にVO2maxが低下することになります。
低酸素状態でのトレーニングは筋力が低下する?
低酸素トレーニングで筋力が低下する可能性がある理由は、通常の酸素濃度で行うトレーニングよりも運動強度が低下するためです。
動員される筋繊維は、運動強度(=酸素摂取量)で決まります。以下の図は、運動強度と、筋繊維の動員率を示したグラフになります。
低酸素環境下では、運動強度が低下してしまうため、通常酸素濃度環境下では多くの速筋繊維を導入できていたのに対し、低酸素環境では、運動強度が下がり、動員できる筋繊維も少なくなります。
結果的に高強度なトレーニングを行うことができなくなってしまうことが、筋力低下につながる要因となりえます。
このデメリットに対して、エリートランナーの間ではLHTL法(Living High-Training Low)が採用されています。
普段の生活や低強度なトレーニングは高地で行い、高強度なスピードトレーニングは低地に戻って行う、といったトレーニング手法です。
このようにして、エリートランナーは低酸素トレーニングを上手に取り入れています。
低酸素トレーニングの効果的な実施方法
はじめに結論を述べます。
- 低頻度、低強度(週1~2回、心拍数150bpm程度でのトレーニング)でも、LT値向上などの効果が見られた
- 低酸素トレーニングでの運動強度を徐々に上げることで、熟練者でも生理的指標の改善が見られた
低酸素トレーニングの適切な実施方法を提案することは、とても難しいことです。
低酸素環境下では、低強度・高強度、どちらの方が効果があるのか?などを示した論文は見当たりません。
その中で、低酸素トレーニングを、市民ランナーでも取り入れることができる形で実践した論文を2つ紹介します。
低酸素トレーニングを低強度・低頻度で行った場合
とても興味深いテストを行った例を紹介します。
大学生の男子長距離走選手 6 名を対象として,駅伝大会の直前の 4 週間にわたり,低地での通
長距離走選手を対象とした低強度かつ低頻度での低酸素トレーニングの効果-レース前の調整期に行った4週間のトレーニング事例- [概要]
常トレーニングに加えて,週に 2 回,1 回あたり 90 分間(主運動は実質 40 分間)の低酸素トレーニ
ングを行った.このトレーニングは常圧低酸素室内で行い,高度は各選手の体調に合わせて 2000
~2800m 相当(酸素濃度:16.4%~14.9%)に設定した.主運動はトレッドミル走とし,主観的運動強
度が 13(ややきつい)となる速度に調節した・・・
このように、普段は低地でトレーニングを行いながら、市民ランナーでも取り入れることが可能な頻度・強度で低酸素トレーニングに取り組んだ例がありました。
テストの結果をまとめると、次の通りです。
- 5000mレースペースにおける血中乳酸濃度と主観的運動強度が、被験者全員で有意に低下
- 赤血球やヘモグロビンといった血液性状には変化は見られなかった
被験者は全員、競技歴が7年以上、5000mのタイムでいうと15分~17分程度の選手です。
低酸素トレーニング以外のトレーニング効果との切り分けが難しいですが、被験者が成熟した選手であることから、短期間の通常トレーニングで生理学的指標が改善することは考えにくいです。
このことから、低酸素トレーニングが効果をもたらした要因であると考えられます。
低酸素トレーニングは高強度の方が効果的なのか?
低酸素環境下で行うトレーニングが、高強度の方がいいのか、低強度でも効果があるのかについては、議論の余地が残っています。
上では、低酸素トレーニングを低強度・低頻度で行った例を紹介しました。
次の例では、低酸素トレーニングを高強度に調整した結果、乳酸性作業閾値の向上、競技成績の向上が見られた、と報告されています。
実験概要を示すと、被験者は大学1~4年目まである特定の競技会前は低酸素トレーニングで調整を行いました。
一年目~三年目までは、高度2000mの酸素濃度に設定したトレーニングを行っていましたが、競技成績が芳しくなく、三年目には乳酸性作業閾値の向上も見られなくなりました。
そこで四年目には、低酸素環境下での運動に慣れてきたタイミングで、高度設定を上げ、より低い酸素濃度でトレーニングを行うようにしました。
その結果、四年目では低酸素トレーニング完了後、乳酸性作業閾値の向上が見られ、競技でも好成績を残すことができました。
このように、低酸素トレーニングであっても、運動強度を徐々に上げることで、持久性パフォーマンス(VO2max、乳酸性作業閾値)が向上していく、と考えられます。
低酸素トレーニングを実施できる施設・ジム
日本で低酸素トレーニングジムの先駆け的存在は「ハイアルチ」です。全国に29店舗あります。
ハイアルチは直営店舗以外でも、他フィットネスジムの一角で展開されている例があります。その一例が、エイムスクエアゲートです。
これら以外にも、もっと小さなフィットネスジムでも低酸素ルームを持っていたりします。
低酸素トレーニングを行うことができる場所を調べる方法はネット検索が有効です。「低酸素 ジム」などで検索すると、自宅から通える低酸素ジムを見つけることができるかもしれません。
低酸素トレーニングについての動画・対話
低酸素トレーニングについて、マラソンランナー大迫傑選手と、早稲田大学時代に競走部で同期だった竹井さんが対話されています。
かなり詳しい内容になっています。ぜひ参考にしてみてください。
動画では、竹井さんが、「短時間の低酸素トレーニングでは造血作用(赤血球を作り出す作用)は得られない。少なくとも1日あたり12時間、低酸素状態に居る必要がある」と述べています。
やはり、大多数の考え方としては、短時間の低酸素トレーニングによる赤血球の生成やヘモグロビン濃度の増加効果は得ることが難しい、ということです。
低酸素トレーニングについてのまとめ
低酸素トレーニングについて、まとめます。
- 低酸素トレーニングにより、呼吸筋の強化、赤血球の生成、生理学指標(LT値、VO2max)の改善が見込める
- 赤血球の生成は、低酸素状態に長期滞在(1日12時間以上かつ2週間以上)が必要であると言われている
- 低酸素環境下では、運動強度が上げられないことで筋力低下が可能性がある
- 低酸素環境下で、週1~2回、心拍数150bpm前後でのトレーニングでも、生理学指標の改善が見られた
- 低酸素環境下でも、運動強度を適切に設定することで、熟練者でも生理学的指標を改善することができる
市民ランナーで、低酸素トレーニングを取り入れるためには、費用と時間が必要です。
記録が頭打ちになって、何か試してみたい、といった方にはぜひおすすめのトレーニングですので、お試しください。
コメント