ヨミフ・ケジェルチャのトレーニング|マイル記録保持者からサブ2時間マラソンへの進化

yomif-kejelcha-profile
こんな疑問を解消
  • ケジェルチャのトレーニングはどんな内容か?
  • なぜマイル記録保持者がマラソンでも世界最速になれたのか?
  • エチオピア高地トレーニングの具体的な中身とは?
  • 市民ランナーがケジェルチャの練習から学べることはあるか?

 2026年4月26日、ロンドンマラソンの歴史が塗り替わりました。サバスチャン・サウェが1時間59分30秒で人類初の公認レースにおけるサブ2時間を達成した直後、もう1人の選手がゴールラインを駆け抜けました。

 タイムは1時間59分41秒。その選手こそ、ヨミフ・ケジェルチャです。史上2人目のサブ2時間マラソン達成者となった瞬間でした。

 しかし、ケジェルチャはもともとマラソン選手ではありません。1マイル(約1.6km)の世界室内記録を保持していたスピードランナーです。最高速度を競うマイル競技の頂点に立った選手が、なぜ最長の公道レースでも人類最速の座に肉薄できたのか。興味があったので深堀して調査してみました。

 その答えは、エチオピアの高地で積み上げた走行量と、世界最先端のトレーニング環境で磨かれた科学的な練習にあると考えています。本記事では、ケジェルチャのトレーニングの構成や考え方について解説します。

著者:らんしゅー
日比野就一

社会人からランニングを始めました。
理論に基づいたトレーニングで、
どこまで記録を伸ばすことができるか挑戦。
競技志向で取り組んでいます。
自己紹介・記録変遷はこちら

血中乳酸濃度や血糖値も測定。
マラソンへ科学的にアプローチします。

★自己ベスト
 1500m 4:25(2022/08)
 5000m 16:01(2022/09)
 10000m 33:44(2021/12)
 ハーフ 1:12:29(2022/03)
 フル 2:40:15(2026/03)

著者:らんしゅー
日比野就一

  社会人からランニングを始めました。
  理論に基づいたトレーニングで、
  どこまで記録を伸ばすことができるか挑戦。
  競技志向で取り組んでいます。
   自己紹介・記録変遷はこちら

  血中乳酸濃度や血糖値も測定。
  マラソンへ科学的にアプローチします。

  ★自己ベスト
   1500m 4:25(2022/08)
   5000m 16:01(2022/09)
   10000m 33:44(2021/12)
   ハーフ 1:12:29(2022/03)
   フル 2:40:15(2026/03)

ymdnextrun-upper

目次

ヨミフ・ケジェルチャとはどんな選手か

プロフィールと自己ベスト

 ヨミフ・ケジェルチャ(フルネーム: Yomif Kejelcha Atomsa)は1997年8月1日生まれ。エチオピア・オロミア州出身の長距離ランナーです(※1)。

 身長185cm・体重58kgというBMI約17の細身な体型は、ランニングエコノミーの高さを示す典型的な東アフリカランナーの体格です。

 所属クラブはOromia Construction & Engineering Corporation Athletics Club(オロミア建設・エンジニアリング陸上クラブ)。スポンサーはアディダスです。

 幼少期はアディスアベバ郊外に移り住み、グループ練習を通じてトレーニングを積み重ねてきました。

種目記録場所・年
1500m3分32秒59ザグレブ 2018
マイル(屋内)3分47秒01 ★元世界記録ボストン 2019
3000m7分23秒64ユージーン 2023
5000m12分38秒95オスロ 2024
10000m26分31秒01ネルハ 2024
ハーフマラソン57分30秒 ★元世界記録バレンシア 2024
マラソン1時間59分41秒ロンドン 2026
表 ヨミフ・ケジェルチャの主要個人記録

 これだけ広い種目幅でエリートタイムを持つ選手は、世界でもほとんど存在しません。1マイルのスピード(ほぼ全力疾走に近い強度)から42.195kmの持久力まで、両極端を極めた稀有なランナーです。

1マイル世界記録からマラソンサブ2まで——驚異の競技幅

 ケジェルチャの競技歴は早熟さで際立っています。2013年、15歳で世界ユース3000m選手権を制覇。2014年には世界ジュニア5000m金メダルを獲得しています。

 2019年2月、まず1マイル3分48秒46を記録してほぼ世界記録タイに並びます。そして同年3月、ボストン大学での室内陸上競技会でヒシャム・エルゲルージが1997年に打ち立てた1マイル世界室内記録(3分48秒45)を22年ぶりに更新し、3分47秒01を樹立しました(※2)。

 その後も競技範囲を広げ続け、2024年10月にはバレンシアのハーフマラソンで57分30秒の世界記録(当時)を達成。そして2026年4月のロンドンマラソンが自身初のフルマラソンでした。1時間59分41秒は、初マラソンでのサブ2時間という前例のない偉業です(※3)。

ケジェルチャの主な実績
  • 2013年:世界ユース3000m優勝(15歳でのデビュー)
  • 2016年・2018年:世界室内3000m 連続優勝
  • 2019年:1マイル世界室内記録 3分47秒01
  • 2024年:ハーフマラソン元世界記録 57分30秒
  • 2026年:史上2人目のサブ2時間マラソン(1:59:41)

ケジェルチャのトレーニング環境

エチオピア・アディスアベバ(標高2350m)を年間拠点に

 ケジェルチャの練習拠点は、エチオピアの首都アディスアベバとその周辺地域です。標高は約2350mにあり、空気中の酸素濃度は海面の約74%しかありません。

 この高地環境で年間を通じてトレーニングを積むことで、体は慢性的な低酸素状態に適応します。赤血球が増え、血液の酸素運搬能力が高まります。その状態で低地のレース会場に移動すると、通常の酸素濃度の恩恵を最大限に受けられる状態になります。

 エチオピアのランナーにとって、この環境は生まれたときから当たり前のものです。幼少期から高地で育つことで、肺容量・血液組成・体型が自然に高地適応した状態に最適化されていきます。これは短期間の高地合宿で得られる適応とは、根本的に異なります。

コーチ:Gemedu DedefoとNike Oregon Project(2018–2019年)

 ケジェルチャのキャリアには、2人の大きなコーチとの出会いがあります。

 最初の転機は2018年から2019年にかけてです。ケジェルチャはアメリカ・オレゴン州のNike Oregon Project(NOP)に参加しました(※1)。

 Alberto Salazarが率いたNOPには、ゲーレン・ラップやシファン・ハッサンといった世界トップ選手が集結していました。

 NOPでは乳酸濃度やVO2max(最大酸素摂取量)を定期的に測定し、データに基づいてトレーニング強度を管理する科学的な手法が採用されていました。エチオピアの経験的グループ練習とは異なる、緻密な個別管理のアプローチです。

 2019年にAlberto SalazarがNOPから4年間の指導禁止処分を受け、チームは事実上解散しました。その後、ケジェルチャはエチオピアに戻り、Nigatu Workuをコーチに迎えた後、現在はGemedu Dedefoのもとで練習を続けています(※1)。

 Gemedu Dedefoはエチオピアの伝統的なコーチング哲学を持ち、グループでの練習を重視します。選手同士が互いに引っ張り合いながら質を高めていくアプローチは、エチオピアのランナーが何十年も受け継いできた方法です。

グループトレーニング文化とオロミア陸上クラブ

 ケジェルチャが所属するオロミア建設・エンジニアリング陸上クラブは、エチオピア国内の実業団チームです。エチオピアのエリート長距離ランナーの多くが、こうした実業団チームを通じて生計を立てながら競技を続けています。

 エチオピアのグループ練習では、レベルの近い選手が同じペースで走ることで、一人ひとりの意識が高まります。コーチから個別に指示を受けるのではなく、仲間との競争の中で自然に強度が引き上げられていく環境です。

 これは「誰かに設定してもらったペースで走る」トレーニングとは異なる、より本能的な強度調整の方法です。

エチオピアエリートの週間トレーニング構成——ケジェルチャが実践するモデル

 ケジェルチャ個人のトレーニング詳細は、公式サイト・SNS・メディアの報道を通じて公表されていません。以下に示す週間構成は、ケジェルチャと同じエチオピアの実業団グループで練習するエリートランナーの典型的なパターンをもとにしたものです。

週間走行量と1日2回練習

 ケジェルチャの具体的な週間走行量は公式には発表されていませんが、エチオピアのトップランナーとして、また2026年ロンドンマラソンで1時間59分台を出したパフォーマンスから、週150〜200km台の走行量を維持していると考えられます。

 参考として、同じレースでサブ2時間を達成したサバスチャン・サウェの場合、週150マイル(約240km)のトレーニングをこなしていたと報道されています(※3)。ケジェルチャがマラソンに向けた準備期間に、それと同等の走行量を積んでいたとしても不思議ではありません。

 エチオピアのエリートランナーは一般に1日2回の練習を行います。午前中に15〜20kmの有酸素ランをこなし、午後にポイント練習(インターバルや閾値走)を実施するというパターンです。

有酸素ベースランの重要性(全体の80%以上)

 走行量の大部分は、会話ができるくらいのペース(ゾーン1)での有酸素ランです。研究によれば、エリート長距離ランナーのトレーニングのうち80%以上がこの低〜中強度域であることが知られています(※6)。

 高強度のインターバルばかり重ねても、それを支える有酸素ベースが弱ければ意味がありません。逆に、有酸素ベースが十分に鍛えられていれば、少ない高強度セッションでも大きな効果が得られます。ケジェルチャの練習も、この土台作りを軸に組み立てられています。

キーセッション①:インターバル(5000m〜マラソンペース)

 週に1〜2回は高強度のインターバルセッションを行います。トラック種目(5000m・10000m)に向けた準備では、1000m〜3000mのレペティションを繰り返す練習が中心になります。

 ケジェルチャの5000m自己ベストは12分38秒95(1km平均2分31.8秒)です。インターバルではこれに近いペース、あるいはそれ以上の強度で走ることも珍しくありません。1km当たり2分20〜30秒台のペースでの反復は、酸素摂取量を限界近くまで引き上げる練習です。

 マラソン準備期にはレースペース(キロ2分51秒前後)に近い長めのインターバルも取り入れます。例えば5km×5本や、3km×6〜8本といったセッションが、マラソン特異的なエネルギー代謝経路を鍛えます。

キーセッション②:閾値走・テンポラン

 乳酸が大量に蓄積し始めるギリギリのペース(乳酸閾値)を維持する閾値走は、長距離ランナーの中核練習のひとつです。エチオピアの選手はこれをキロ3分00〜3分15秒前後で20〜25km継続することがあります。

 閾値走の効果は、速いペースを維持できる時間を伸ばすことにあります。乳酸の処理能力が高まることで、マラソンのレースペース(ケジェルチャの場合はキロ2分51秒)が「きつい」ではなく「速いけれど維持できる」ペースに変化していきます。

ロングラン

 週1回は25〜35kmの長距離走(ロングラン)を行います。エチオピアの山道や未舗装トレイルを使ったロングランは、起伏のある地形がふくらはぎ・腸腰筋・体幹を効率よく鍛えます。

 マラソン準備期では、ロングランをより長く・より速くするか、ロングテンポラン(長い距離をマラソンペース付近で走る)に変えていきます。ケジェルチャの初マラソン1:59:41は、こうした準備の積み重ねの上に成立しています。

エチオピアエリートの週間構成(概要)
  • 週間走行量:150〜200km台(マラソン準備期はさらに増量)
  • 1日2回練習:午前にジョグ(15〜20km)+午後にポイント練習
  • 有酸素ベースラン:全体の80%以上をゾーン1(会話できるペース)で
  • インターバル:週1〜2回(1km〜5km)、5000m〜マラソンペース
  • 閾値走:週1回、15〜25km継続
  • ロングラン:週1回、25〜35km(マラソン期はロングテンポ化)

Nike Oregon Project(NOP)が与えた影響

Alberto Salazarのトレーニング哲学

 Alberto Salazarは、世界で最も科学的なトレーニングアプローチを採用したコーチのひとりです。NOPでは選手の乳酸値やVO2maxを頻繁に測定し、データをもとにセッションの強度・量・頻度を細かく調整していました。

 NOP在籍期間(2018〜2019年)、ケジェルチャはゲーレン・ラップやシファン・ハッサンといった世界記録保持者と同じグループで練習しました。この2年間でケジェルチャが習得した「科学的モニタリングの視点」は、現在のエチオピアでのトレーニングにも生きていると考えられます。

科学的アプローチ(乳酸測定・VO2max管理)

 NOPでは練習中に血中乳酸濃度を測定し、ランナーが適切な強度で走れているかをリアルタイムで確認していました。乳酸が4mmol/L(乳酸閾値の目安)を超えると強度が高すぎ、1〜2mmol/L以下だと有酸素系に十分な刺激を与えられていないことになります。

 こうした精密な強度管理は、感覚だけに頼ったトレーニングでは得られない「正確さ」をもたらします。特に閾値走やインターバルの強度設定において、乳酸測定は「きつい」という主観的な感覚と実際の生理的負荷のずれを修正する役割を担います。

Galen Rupp・Sifan Hassanとの合同練習

 グループ練習において「誰と走るか」は、パフォーマンスに直結します。ゲーレン・ラップはマラソン2:06台のアメリカ記録保持者、シファン・ハッサンは5000m・10000m・マラソンの世界記録保持者です。

 こうしたトップ選手と同じメニューを日常的にこなすことは、技術的な学習と精神的な強度の向上の両方をもたらします。「自分よりも速い選手のペースで走る」という経験は、限界の認識を更新し続けます。

エチオピア式トレーニングの科学的根拠

ランニングエコノミー——エチオピアランナーが速い理由

 エチオピアやケニアなど東アフリカ出身のランナーが長距離で圧倒的な強さを誇る理由のひとつが、ランニングエコノミー(RE)の高さです。ランニングエコノミーとは、一定のペースを維持するために必要な酸素消費量のことです。この値が小さいほど、同じペースでも酸素を多く使わずに走れます。

 科学雑誌の審査を通った研究(BMC Research Notes 2025年)によれば、エチオピアのエリート男性長距離ランナーはVO2max(最大酸素摂取量)の平均が66.2 ml/kg/minであり、同時に卓越したランニングエコノミーを持つことが示されています(※4)。

 興味深いのは、欧米のトップランナーがVO2maxで70〜80 ml/kg/minを誇るのに対し、エチオピアランナーはそれより低いVO2maxでも同等以上のレースタイムを出せるという点です。

 これは「酸素を吸える量」よりも「吸った酸素をどれだけ効率よく使えるか」が、パフォーマンスを決める大きな要素であることを示しています(※4)。

 別の研究では、東アフリカ系ランナーのランニングエコノミーの良さが体型的な特徴と関連していることも示されています。細く長い下肢(ふくらはぎが細く、下腿が長い)は、足が振り子のように動く際のエネルギーロスを小さくします(※5)。

 ケジェルチャの185cm・58kgという体型は、まさにこの典型です。

kejelcha-running-economy-comparison

高地適応(標高2350m)と血液変化

 標高2350mのアディスアベバで生活・トレーニングすることで、体は慢性的に酸素が薄い環境に対応します。その結果、赤血球の量が増え、血液が運べる酸素の量が増加します。これをヘモグロビン質量(血液の酸素運搬能力の指標)の増大と呼びます。

 高地合宿の研究では、高地に3〜4週間滞在するだけでも血中の酸素運搬能力が向上することが確認されています(※6の関連研究)。エチオピアのランナーにとって、これは生後ずっと積み重なってきた適応です。単純な遺伝的優位というより、長年にわたる環境と生活習慣の結果です。

強度配分:ピラミッド型とその進化

 条件を揃えて複数の研究を体系的にまとめたレビュー(システマティックレビュー)によれば、エリート長距離ランナーのトレーニング強度は「ピラミッド型」が基本です(※6)。低強度(全体の70〜80%)を土台に、中強度(10〜15%)、高強度(5〜10%)という構成です。

 ただし種目距離によって傾向は変わります。1500mなど中距離の選手は高強度比率が高い「ポーラライズドトレーニング」に近い構成を取り、マラソン選手はよりピラミッド型が強くなる傾向があります(※6)。

 ケジェルチャのように1500mからマラソンまで対応するには、準備期・競技種目・目標レースに応じて構成を柔軟に変える能力が必要です。

エチオピアランナーが強い3つの理由
  • 卓越したランニングエコノミー(少ない酸素で速く走れる体)
  • 高地適応による血液の酸素運搬能力の増大
  • 高走行量のグループ練習による有酸素ベースの強さ
kejelcha-training-pyramidal-tid

マイルから初マラソンへ——トレーニングの転換点

2026年ロンドンマラソン(1:59:41)への準備

 ケジェルチャにとって2026年ロンドンマラソンは、初めてのフルマラソンでした。マイル選手としてのキャリアを持ちながら、なぜ初マラソンでサブ2時間という人類の到達点に迫れたのでしょうか。

 答えのひとつは、2024〜2025年にかけての段階的な距離の延長にあります。2024年のハーフマラソン世界記録(57:30)は、マラソンへの準備の一環と見ることができます。ハーフの距離と強度を極め、そこから本格的なマラソン特有の走行量増加と後半の失速管理へと移行したのです。

 また、Gemedu Dedefoが率いるエチオピアのグループには、同様にトラックからロードへシフトした選手が複数います。ケジェルチャはマラソン準備においても、仲間との練習を通じて必要な強度を自然に引き出せる環境に身を置いていました。

トラックスピードがマラソンに与えるアドバンテージ

 ケジェルチャの1マイル自己ベストは3分47秒(1km換算で約2分21秒)です。マラソンのレースペースはキロ2分51秒。つまり、彼にとってのマラソンペースは「全力の約83%の速度」に過ぎません。

 同じペースで走ったとき、スピードの余裕が大きいほど体にかかる相対的なストレスは小さくなります。ケジェルチャのようにトップスピードが突出して高い選手は、マラソンペースを「持続可能な速度」として扱えます。エンジンの排気量が大きいほど、一定速度での走行が楽になるのと同じ原理です。

 加えて、1500m・5000m・10000mで培った高強度への耐性は、マラソン後半の疲弊した状態でもペースを維持する力として機能します。スピード練習が作り出した神経・筋肉系の適応は、マラソンの終盤で差をつける要因のひとつです。

kejelcha-speed-margin-marathon
出版情報
閾値トレーニング完全ガイド

「ランニングを科学する」から「閾値トレーニング完全ガイド」のkindle出版をしました。kindle unlimitedに登録していれば無料で読めますので是非ご一読ください。

出版情報
閾値トレーニング完全ガイド

「ランニングを科学する」から「閾値トレーニング完全ガイド」のkindle出版をしました。kindle unlimitedに登録していれば無料で読めますので是非ご一読ください。

市民ランナーへの応用ポイント

「まずベースを作る」——走行量の土台

 ケジェルチャのトレーニングで最も重要なのは、高強度のインターバルではなく、圧倒的な有酸素ベースです。週150〜200kmの走行量の大部分は、会話ができるペースの有酸素ランです。

 市民ランナーに高地環境や週200kmは現実的ではありません。ただし「全体の80%を有酸素域で走る」という原則は、週40〜60kmのランナーでも適用できます。週5回のうち4回はジョグにとどめ、1回だけ本気のポイント練習を入れる。この配分を守るだけで、練習の質は大きく変わります。

高地環境がなくてもできること

 高地トレーニングの恩恵は、エチオピア生まれでなくても一部は得られます。長期間の持続的な有酸素トレーニングによって、低地でも血液の酸素運搬能力は徐々に高まっていきます。これはゆっくりとした変化ですが、毎日のトレーニング継続が確実に積み重なるものです。

 また、起伏のある道や未舗装路でのランニングは、平坦なロードとは異なる筋肉群を使います。ケジェルチャがアディスアベバ郊外の山道でトレーニングを積むように、週に数回、公園の芝生や土の道を選ぶだけでも、筋力・腱の強化につながります。

スピードとスタミナを両立する考え方

 ケジェルチャの最大の示唆は「スピードとスタミナは両立できる」という事実です。多くのランナーはスピード練習とロング走を別物と捉えがちですが、有酸素ベースが高まれば高まるほど、速いペースへの対応範囲も広がります。

 市民ランナーへの具体的な応用として、週1回の短いインターバル(400m×8〜10本や1000m×5本)を、多くの有酸素ランの中に組み込む方法があります。

 この「1対4〜5の法則」(ポイント練習1に対して4〜5回のジョグ)は、エリートランナーの練習構成を市民レベルに落とし込んだものです。

 ケジェルチャが1マイルからマラソンまで世界最速水準を達成した背景には、「速さの土台となる有酸素能力をとことん磨く」という一貫した哲学があります。このアプローチは、目標タイムを問わずすべてのランナーに通じるものです。

市民ランナーへの3つの応用
  • 全体の80%を有酸素域(会話できるペース)で走る:ポイント練習の効果を高める土台になる
  • 起伏のある道や土の道を週数回取り入れる:筋力・腱の強化につながる
  • 週1回だけ短いインターバルを入れる:スピード刺激を有酸素ベースの上に乗せる

参考文献

※1 Wikipedia “Yomif Kejelcha” https://en.wikipedia.org/wiki/Yomif_Kejelcha

※2 Christopher Kelsall. “Kejelcha breaks mile world record and Muir takes gold twice.” Athletics Illustrated. March 4, 2019.

※3 Sean Ingle. “London Marathon hails ‘greatest day’ as Sawe breaks two hours and records tumble.” The Guardian. April 26, 2026.

※4 Bayissa M, et al. “Association between running economy and VO2max values in high-level Ethiopian male and female distance runners measured at high altitude.” BMC Res Notes. 2025;18(1):319. PMID: 40702507

※5 Lucia A, et al. “Physiological characteristics of the best Eritrean runners—exceptional running economy.” Appl Physiol Nutr Metab. 2006;31(5):530-40. PMID: 17111007

※6 Casado A, et al. “Training Periodization, Methods, Intensity Distribution, and Volume in Highly Trained and Elite Distance Runners: A Systematic Review.” Int J Sports Physiol Perform. 2022;17(6):820-833. PMID: 35418513

※「ランニングを科学する」では、筆者の知識・経験のアップデートと共に都度改定を行っています。

ymdnextrun-bottom
出版情報
サブ4達成に向けたトレーニングプログラム

「ランニングを科学する」から「サブ4達成に向けたトレーニングプログラム」のkindle出版をしました。kindle unlimitedに登録していれば無料で読めますので是非ご一読ください。

出版情報
サブ4達成に向けたトレーニングプログラム

「ランニングを科学する」から「サブ4達成に向けたトレーニングプログラム」のkindle出版をしました。kindle unlimitedに登録していれば無料で読めますので是非ご一読ください。

メールマガジン

無料メールマガジン始めました

血中乳酸濃度・血糖値・心拍数を測定しながら、怪我無くトレーニングを継続して速くなる方法を追求します。【トレーニング記録やレース結果】などブログでは伝えきれない内容を主に発信します。

広告掲載募集
ランニングを科学するロゴ

「ランニングを科学する」で
PRできます
表示回数・クリック回数の設定も行います

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次