本シリーズは、私自身が長距離種目での走力向上を目指してVBT(Velocity Based Training)を取り入れた軌跡です。第一回目は、私自身がなぜVBTを取り入れようと思ったのかについて、私の過去の経歴や考えを書きました。
本記事では、長距離選手が行っているストレングストレーニングに対して私自身が感じている課題と「なぜVBTがその疑問を解消できると考えたのか」について記載していきます。
長距離選手のストレングストレーニング例
長距離で強豪である洛南高校のウォーミングアップはInstagramでも紹介されています。ウォームアップの一環ですが、バウンディングもストレングストレーニングの一つです。
2025年現在、1500mや5000mで大活躍しているヤコブインゲブリクトセン選手は、12歳頃から一貫してウェイトトレーニングを取り入れているようです。種目はハーフスクワット・ランジ・ルーマニアンデッドリフトなど、非常にオーソドックスです。
日本のエリートランナーである大迫傑選手も、積極的にストレングストレーニングを取り入れている様子です。
ウォーミングアップで取り入れているドリルなどを含めれば、ストレングストレーニングを行っていないエリートランナーはほぼいないのではないでしょうか。
しかし一方で、社会人になってから走り始めたランナーは、ストレングストレーニングを行っていない方が大半だと思います。そもそも、トレーニングの正しいやり方が分からない、ということもあると思います。
低負荷・高回数のトレーニングは必要なのか
長距離ランナーにとって、ストレングストレーニングは必要なのかについては私自身もよく考えてきました。
長距離選手、特に5000m以上の種目をメインに行っているランナーが行うストレングストレーニングの特徴は、おおむね以下の通りだと考えています。
- 低負荷、高回数(自重トレーニングに代表されるもの)
- 「体幹トレーニング」と呼ばれる類のもの
よく見られる光景として、ウォームアップドリルの一環で軽いジャンプ系のトレーニングを行ったり、メインのトレーニングを終えた後に、腹筋やプランクなどのいわゆる「体幹トレーニング」を取り入れたりしています。
ただ私自身の考えとして、低負荷高回数のトレーニングや体感トレーニングが「速さ」に直接結びつくことはないと考えています。
ウォームアップとして体を温める、体のバランスを整える、怪我を予防するなどの「間接的な効果」は達成されるかもしれないのですが、自分の限界を超えてさらなる適応をしていくような「直接的な効果」は得られないと感じています。
ストレングストレーニングが持久性パフォーマンスを高める要因
ストレングストレーニングが直接的に持久性パフォーマンスを高めるのは、「ランニングエコノミー」が向上するためであると言われています。
ストレングストレーニングで得られる効果の中でランニングエコノミーが向上する要因となるのは、以下の通りです。
- 競技で発揮すべき高速筋力の向上
- RFD(Rate of Force Development)の向上
- SSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)の改善
以下では、それぞれの要因がどのようにしてランニングエコノミーに影響を与える可能性があるのかについて解説します。
高速筋力の向上
一つ目の要因は「高速筋力の向上」です。
基本的に、運動における動作速度が速くなるにつれて、発揮できる力は小さくなります。ウェイトトレーニングに例えると、高重量のベンチプレスやスクワットではゆっくりな動作でしか挙上できない、ということになります。
運動の動作速度(V)と発揮できる力(F)をグラフで表すと次の通りです。
長距離ランニングは、スプリントよりもスピードは遅いものの、動作としては速い部類になります。足が地面に設置する時間は、エリートランナーだと0.15秒から0.2秒、一般的なランナーでも0.2秒から0.3秒程度です。
短い時間で大きな力を発揮できれば、1歩あたりの推進力(ストライド)が向上します。少ない歩数でゴールができるようになったり、自分の中でストライドに余裕をもって走れるようになるため、エコノミーが向上します。
RFD(Rate of Force Development)の向上
2つ目の要因はRFD(Rate of Force Development)の向上です。RFDとは、力を立ち上げる能力を指します。
力を入れ始めてからその力が最大になるまでにはある程度の時間がかかります。しかし、動作時間はほとんど決まっているため、「ある一定時間の間にどれだけ強い力を発揮できるか」が重要になります。
以下の例では、最大筋力はほとんど同じであるA選手とB選手のRFDを示しています。A選手はB選手と比べて短時間で力を発揮できていることが分かります。
RFDが優れていると、長距離ランニングのパフォーマンスに良い影響があるメカニズムはいくつか考えられていますが、例えば、RFDが優れていると発揮すべき力への到達が速くなり、力を出す時間が短くて済むことになります。
力を出す時間が短くなると、その分消費するエネルギーも少なくなるため、結果的にランニングエコノミーが向上する可能性があります。
SSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)の改善
SSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)は「筋肉や健が伸ばされた後にすぐに縮む動作を組み合わせることで、より大きなパワーを発揮する仕組み」です。
SSCの具体的なメカニズムの説明は割愛しますが、ランニング動作においても、アキレス腱や股関節動作において、SSCが発揮されている個所があります。
SSCを効率よく発揮できるようになれば、一定時間の間に発揮できる力が向上します。これまで説明してきた高速筋力やRFDと同様の考え方で、ランニングエコノミーが向上する可能性があります。
ストレングストレーニングを行うことで「高速筋力」「RFD」「SSC」を改善しランニングエコノミーを高めることができる可能性があります。
疲労度をコントロールできる点が優れている
長距離ランナーがストレングストレーニングを取り入れる際に最も悩ましいのが、ストレングストレーニングを行う「タイミング」です。
長距離ランナーが行うトレーニングのメインは「ランニング」であるべきであり、それ以外のトレーニングはあくまでも補助です。ストレングストレーニングの影響でランニングトレーニングの質が低下することは避ける必要があります。
適切な疲労度の範囲内でストレングストレーニングを実行していくための仕組みが必要です。いくつかあるトレーニング手法の中で、VBTはトレーニングで発生する疲労をコントロールできる点が優れていると考えています。
VBTは挙上速度を基準に挙上回数やセット数を決定します。自分で決めた目標速度を下回ったらそこでセットを終了するやり方をVLC(Velocity Cut Off)と言います。
オーソドックスなトレーニングだと「10回×3セット」のように、あらかじめ決めた回数をやり切るまで挙上を繰り返します。しかし、追い込み過ぎることによって筋へのダメージが残り、翌日以降のランニングトレーニングの質に悪影響を与える可能性があります。
VLCを基準にする場合、「目標速度よりも10%下回ったらセットを終了する」といった設定になります。目標挙上速度が0.9m/sであった場合、0.81m/sを下回ったらそこで終える、といったやり方です。
このように設定すると、翌日以降に残る疲労が少ない一方で効果としては追い込んだ場合とほとんど変わらない、といった結果が出ています。
VBTは「走る」トレーニングをメインに行っているランナーにとって、補助的トレーニングで残る疲労を避けながら効果を得るという目的には、とても適している手法だと考えています。
持久性パフォーマンスを高めるためのVBT
上で述べてきたことから、VBTを行うことで適切に疲労度をコントロールしながらランニングエコノミーの改善を達成できると考えています。
ただし、長距離種目で記録を出すことに注目すると、ランニング動作に直結するような動作を取り入れていく必要があります。
例えば、純粋なスクワットは垂直方向に力を発揮する種目ですが、実際のランニング動作では、スクワットほどには股関節を曲げないですし、ランニング中に垂直方向に力を発揮するような動作は行いません。
スクワットがあらゆる動きの基礎となることは間違いありませんが、実際の競技能力に結び付けるにはスクワットで鍛えた能力を水平方向に発揮するような種目を取り入れていく必要があります。
そのような種目のうちの一つがバウンディングであったり、よりランニング動作に直結するとなると「坂道ダッシュ」であると言えます。
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