- 走力向上のために閾値トレーニングに取り組みたいけど、やり方が分からない
- LT走以外に、閾値を改善できるトレーニングメニューが知りたい
特にサブ3よりも高い目標を目指しているランニング中級者の方であれば走力アップのためにLT走に取り組んでいる方も多いのではないでしょうか。
ここでは、閾値を改善するメカニズムを紹介し、閾値改善のためのトレーニングメニューを提案していきます。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程を走り競技志向でランニングに取り組んでいます。
私自身、2021年末以降、閾値改善に着目したトレーニングに取り組み、ハーフマラソンで自己ベスト(1時間12分29秒)を達成することができました。
1500mや5000mにおける記録向上を目指す場合、トレーニング内容がフルマラソンのそれとは変わってきます。
しかし、閾値の改善についてはどの中長距離種目においても重要であり、年間を通じて外せないトレーニングとなります。
本記事では、比較的短い中長距離でも閾値改善が重要であることを示しつつ、閾値改善のためのトレーニングメニューを提案していきたいと思います。
400mでも、消費エネルギーの内約40%は有酸素性代謝である
中長距離における有酸素性代謝の寄与割合について紹介します。
図1には、200m~1500mの各種目における、有酸素性/無酸素性の各代謝によるエネルギー寄与割合を示しました。
参考:SPENCER, MATT R.; GASTIN, PAUL B. Energy system contribution during 200- to 1500-m running in highly trained athletes, Medicine and Science in Sports and Exercise: January 2001 – Volume 33 – Issue 1 – p 157-162
400mでさえ約40%が有酸素性代謝によるエネルギーで占められています。
400mの選手にジョギングばかりすることをすすめるわけではありません。
しかしここで言いたい事は、特に800mより長い中長距離種目においては有酸素性代謝によるエネルギー産生が、消費エネルギーの内、大きな割合を占めるということです。
無酸素系と有酸素系のエネルギー代謝内訳とエネルギー産生速度を簡単にまとめると、図2のようになります。
代謝適応の観点から考えた場合、中長距離のトレーニングは「どのエネルギー代謝方法を伸長したいか?」という考えから組み立てることができます。
わかりやすい例で言うと、100mから400mまでの選手は、ATC-CP系や解糖系にフォーカスした強度でトレーニングを行うべきです。
一方フルマラソンにおいて30km以降のスタミナが問題なのであれば、有酸素系の脂質酸化能力向上に目を向けるべきです。
少し複雑な点は、無酸素系の解糖経路が活発化するに従い、乳酸産生量が多くなることです。
無酸素系と有酸素系は、完全には切り離して考えることはできません。
400mから1500mまでの種目においては、解糖系を活発に働かせながらも、発生した乳酸を酸化しエネルギーに変えていく能力が必要です。
無酸素解糖系で乳酸を作りだす能力、有酸素乳酸酸化系でその乳酸を酸化していく能力がそれぞれ重要になってきます。
閾値改善(LT値・乳酸性作業閾値)はすべての中長距離種目に共通して重要
閾値(LT値)とは、血中乳酸濃度が急上昇し始めるポイントとして定義されており、おおよそ2~4mmol/Lの血中乳酸濃度となります。
次の記事で解説している通り、乳酸は、解糖→糖質酸化される過程の副生成物として発生します。
「閾値を改善する」ことは「乳酸上昇を抑える」ことと同義です。
乳酸上昇を抑えるためには、そもそも乳酸を発生させないか、生成した乳酸を代謝しエネルギーに変える能力を改善することが必要となります。
ノルウェーのインゲブリクトセン三兄弟は、中長距離で優秀な成績を収めている選手達ですが、基礎構築期におけるトレーニングでは、閾値改善を主眼において取り組んでいます。
例として、2021年7月現在、20歳のヤコブインゲブリクトセンの例をあげます。
表1に、ヤコブの自己ベストを示しました。800m~5000mまで満遍なく素晴らしい記録を持っています。
種目 | 記録 | VDOT |
---|---|---|
800 | 1:46.4 | 82.7 |
1500 | 3:28.7 | 82.6 |
3000 | 7:27.0 | 82.1 |
5000 | 12:48.5 | 83.6 |
次に挙げる動画では、インゲブリクトセン兄弟のトレーニング風景が紹介されていますが、トレーニング中に血中乳酸濃度を測定している様子が映っています。
次に示すのは、ヤコブインゲブリクトセンのある基礎構築期におけるトレーニングメニューです。
基礎構築期間であるため、最も強度が高いメニューでも1000m-2:45/kmであり、ヤコブの5000m自己ベストが12:48(2:33/km!)であるため、10000mのレースペースか、それよりも遅いくらいです。
つまり、閾値改善を狙ったトレーニングが中心に組み立てられているということだ。
Monday:10k AM – 10k PM
Jakob Ingebrigtsen’s OLYMPIC TRAINING PLAN https://www.youtube.com/watch?v=D9lakVO7bN0&t=195s
Tuesday:5×6min threshold AM – 20×400(63-64) rest30s PM
Wednesday:10k AM – 10k PM
Thursday:5×6min threshold AM – 10×1000m(2:45) rest 45~60s PM
Friday:10k AM – 10k PM + Weights Training
Saturday:20×200m uphill AM + Easy threshold PM
Sunday:20km + Weight Training
シーズン中は、狙った種目の距離に合わせたトレーニングに移行するようですが、基礎構築期はどの種目でも共通したメニューをこなしています。
インゲブリクトセンの具体的トレーニング内容については次の記事で解説しています。
シーズン中においては800~5000mまで素晴らしい成績を残せていることを考えると、記録への貢献度に差異はあるにせよ、800mから5000mまで、共通して閾値改善が重要であることは示されていそうです。
乳酸発生を抑える & 乳酸を代謝する
閾値の改善は、「そもそも乳酸を発生させない」もしくは「発生した乳酸を酸化すること」で血中の乳酸濃度を低く抑えることができるようになることが必要です。
乳酸を発生させない=脂肪を酸化してエネルギーを得る
乳酸を発生させないためには、脂肪を酸化し代謝していく能力を伸ばすことが必要です。
次の記事でも説明している通り、運動強度が低いほど、また、運動継続時間が長いほど、脂肪代謝によるエネルギー産生割合が増加します。
運動強度を高くしたからと言って、脂肪が使われなくなるわけではありません。
しかし、使ったエネルギーに占める脂肪の割合は減っていくこと、また、強度が高いトレーニングは継続時間が稼げません。
従って、脂肪を代謝する能力の向上を狙う場合は、低強度で長く運動を継続するトレーニングである、LSD(Long Slow Distance)やロングジョグが推奨されます。
脂肪を代謝してエネルギーを得る能力は、ハーフマラソンより長い距離の種目で特に重要です。
例えば「30kmの壁」と呼ばれる現象は、筋グリコーゲンが枯渇に近づくことで説明することができ、その対策としては、如何に脂肪をエネルギーとして使えるかどうかにかかっています。
発生した乳酸を代謝していく
乳酸の代謝は、どのような運動強度でも発生しています。
しかしその処理速度が最大化、つまり、「もうこれ以上乳酸を酸化できない」と体が悲鳴を上げ始めるのが、閾値付近です。閾値を超えると、血中乳酸濃度は急上昇し始めます。
したがって、乳酸代謝に関して着目すれば、閾値以上の速度で走っておけば乳酸酸化能力は向上させることができそうです。
しかし、わざわざ閾値トレーニング(LT走とか呼ばれるもの)が存在しているのには理由があります。
乳酸を酸化する速度は閾値付近で最大となります。乳酸酸化能力を高めるためには、乳酸酸化速度(乳酸を処理する速さ)が最大である時間をできるだけ稼ぐこと(=刺激を与え続ける)が必要です。
そう考えると、乳酸酸化速度が最大であり、かつ、最も長い時間運動を継続できる程度に強度を抑えておくことが望ましいです。つまり、それが閾値トレーニングであると言えます。
最大心拍数に近い領域でトレーニングを行うインターバルと、最大心拍数の90%程度で行うLT走を比較した場合、長い時間継続できるのは後者です。
乳酸酸化に着目した場合、刺激時間がより長くとれるLT走の方が効率が良い、ということです。
閾値を改善するメニューはLT走だけではない
ダニエルズのランニング・フォーミュラでは、閾値改善のトレーニングメニューとして、Tペースで行うテンポ走やクルーズインターバルが紹介されています。
上記で解説した通り、閾値の改善メカニズムを理論から理解できていれば、閾値改善トレーニングを必ずしもTペースで行う必要はないことが分かります。乳酸を適度に発生させ酸化される時間が稼げればいいからです。
ダニエルズTペース(88%VO2max)で20分間のランニングを行うテンポ走と同等の閾値刺激量を確保するために、マラソンペースまで疾走速度を落とした場合は、60分間のランニングが必要となる事が分かっています。
トレーニング中にどれだけ乳酸を酸化する反応を起こせているかどうかが重要なのである。
閾値改善の具体的トレーニング例
具体的に閾値改善のトレーニング例を挙げていきます。各トレーニング毎に、その特徴や、どんな時に行うと有効なのかを考えます。
LT走(テンポ走・クルーズインターバル)
最もオーソドックスな閾値改善トレーニングがLT走です。ダニエルズのランニング・フォーミュラでも推奨されているメニューとなります。
テンポ走は、ダニエルズTペースで20分間以上走り続けるトレーニングです。
目標の心拍数は88~92%HRmaxとなります。クルーズインターバルはテンポ走を分割したタイプですが、疾走速度はテンポ走と同じです。疾走間のレストを疾走時間の20%程度の時間で繋いでいくトレーニングとなります。
- 20分間走
- 2000m×4(レスト60秒ジョグ)、3000m×3(レスト120秒ジョグ)
Tペースはハーフマラソンレースペースに近いペースとなります。比較的長い時間、「ある程度のきつさ」を感じながら走り続けることになります。そのため、ハーフマラソン前は特に有効なトレーニングです。
ペース走(20分以上、60分以下)
疾走速度をTペースよりも落とした場合には、疾走時間を長くすることで、刺激量を確保することができる。
上で紹介したLT走バリエーションの記事に、疾走速度を落とした場合に、20分間のTペースによるテンポランと同等の閾値刺激を得られる疾走時間をまとめた表を載せています。
閾値に刺激を入れながらも、少しきつさを感じながら、長い時間継続して体を動かし続ける特異性があるトレーニングと言えます。
その極端な例が、マラソンペース走(60min)です。
フルマラソンでのレースペースでペース走を行った場合、20分間のTペースによるテンポランと同等の閾値刺激を得るためには、60minの疾走時間が基準となります。
実際にフルマラソンで走るペースであるため、フルマラソンに対してとても特異的なトレーニングとなります。
CVインターバル
最近、市民ランナーの中で人気となっているトレーニングです。
次の記事でCVインターバルの効果について解説していますが、最大酸素摂取量と乳酸性作業閾値どちらに対しても刺激を与えることができる万能トレーニングです。
私自身も最近、CVインターバルを多く取り入れるようになりましたが、心拍数の推移を見て一つ気が付いたことがあります。
次の例では、私自身が、1000m×8(レスト200mジョグ60秒)のメニューをこなした時の心拍数データを示しています。ガーミンのハートレートセンサー(HRM-Dual)を使用して測定しています。
疾走区間における最大心拍数は172~180bpm(90~95%HRmax)、レストジョグ区間における最低心拍数は144~160bpmとなっています。
疾走区間で、最大酸素摂取量に刺激が入る心拍数に到達していることもあるが、ここで注目すべきなのはレスト区間における心拍数です。
疾走区間では、ダニエルズTペースよりも速い、およそ10kmのレースペースであるため、Tペース走等よりも心拍数が上昇します(つまり、血中乳酸濃度が高くなる)。
レスト区間では、疾走速度は落ちるものの、一旦上昇した血中乳酸濃度を下げるために、乳酸の酸化がフル稼働すると考えられます。
したがって、CVインターバルでは疾走区間とレスト区間どちらも閾値に刺激を与え続けることができていることになると考えられます。
さらにCVインターバルは、疾走速度を抑えているため本数を重ねることができます。結果として、閾値への刺激時間を多く確保することができるため、閾値改善に効果的であると考えられます。
フルマラソンだけでなく、1500mから10000mのトラックレースで記録を狙っている場合には、特に有効なトレーニングです。
閾値への刺激を確保しながらも、最大酸素摂取量改善も見込めるためです。CVインターバルは年間を通じて取り入れていきたいトレーニングメニューの一つです。
閾値改善は、すべての中長距離種目のベースとなる
これまでで示してきた通り、閾値改善は血中乳酸濃度の上昇を抑えることと同義です。閾値改善のためには、そもそも乳酸を発生させない能力と発生した乳酸を代謝していく能力を伸長させることが必要です。
これらの能力は、800m~フルマラソンまでどの種目においても必要で、その重要性も高いと考えられます。
特に、800mや1500mの選手は閾値改善トレーニングの優先度が下がりやすい傾向にあるが、純粋な解糖系のスピードトレーニングと同様に重要であり、時間を割くべきです。
当然、狙ったレースが近づいてきたら、その距離に合わせた特異的なトレーニングを行うべきです。
しかし、シーズンオフ等、レースがしばらくない時には、閾値改善のようなベースのトレーニングを積んでみてはどうでしょうか。
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