- ジョシュ・カーの1週間の練習構成はどうなっている?
- 週間走行量はどのくらい?乳酸測定やダブル練習はしないの?
- 「5kmランナーのように練習する」とはどういう意味?
ジョシュ・カー(Josh Kerr)は、スコットランド・エジンバラ出身の中距離ランナーです。1500mの世界選手権で金メダルを獲得し、東京五輪では銀メダルを手にしました。
カーのトレーニングを特徴づけるのは、「特別なことは何もしていない」という哲学です。
乳酸測定なし、1日2部練習(ダブル)なし、週6日・週104〜112kmというシンプルな構成を、コーチDanny Mackey(Brooks Beasts)とともに高い一貫性で継続しています。
この記事では、公開されているインタビューや一次情報をもとに、カーの週間トレーニング構成・キーセッション・哲学・高地合宿の全貌を解説します。また、世界クラス中距離ランナーのトレーニングを科学的に裏付ける研究知見もあわせて紹介します。
ジョシュ・カーとはどんな選手か
プロフィール・自己ベスト
ジョシュ・カーは1997年10月8日生まれ、スコットランド・エジンバラ出身の中距離ランナーです。1500mとマイルを主戦場とし、世界大会での強さで広く知られています。
主な実績は、2022年世界陸上競技選手権(ユージーン)1500m金メダルと、2020年東京五輪1500m銀メダルです。
大学はアメリカのニューメキシコ大学(University of New Mexico)に進学し、コーチのJoe Franklinのもとで長距離の土台を築きました。
| 種目 | 記録 | 備考 |
|---|---|---|
| 1500m | 3分29秒10 | 自己ベスト(2024年) |
| マイル(屋外) | 3分47秒42 | 自己ベスト(2023年) |
Brooks BeastsとコーチDanny Mackey
卒業後、カーはNikeからのオファーを断り、Brooks Beasts(ブルックス・ビースト)への加入を選びました。
Brooks BeastsはシューズブランドBrooksが支援するプロランニングチームで、シアトルを拠点としています。コーチはDanny Mackey(ダニー・マッキー)です。
カーはBrooksとの契約を2034年まで延長しており、現在27歳のカーが36歳になるまでの長期パートナーシップとなっています。Mackeyコーチとの信頼関係の深さが契約継続に反映されています。
2026年に向けて注目されているのが「Project 222」です。2026年7月18日のロンドン・ダイヤモンドリーグで、ヒシャム・エル・ゲルージが2001年に樹立したマイル世界記録(3分43秒13)への挑戦を宣言しています。
中距離ランナーとして次の目標を明確に掲げた取り組みです。
- 1997年生まれ、スコットランド・エジンバラ出身
- 2022年世界選手権1500m金メダル、東京五輪1500m銀メダル
- 1500m 3分29秒10、マイル 3分47秒42
- Brooks Beasts所属、コーチ: Danny Mackey(シアトル拠点)
- 2026年7月、マイル世界記録(Project 222)への挑戦を宣言
カーの週間トレーニング構成
週6日・104〜112kmの全体像
カーの週間走行量は65〜70マイル(約104〜112km)です。2020年東京五輪前の取材でWorld Athleticsに語った数字であり、通常シーズンの標準的な走行量です。
週6日のランニングに加え、ウェイトトレーニングを週2回実施しています。ノルウェーモデルのような1日2部練習(ダブルセッション)は取り入れておらず、乳酸測定も行っていません。
カー本人は「やっていることはシンプルで、特別なことは何もしていない」と繰り返し語っています。
| 曜日 | 練習内容 |
|---|---|
| 月曜 | 回復走(イージー) |
| 火曜 | ポイント練習 + ウェイトトレーニング |
| 水曜 | イージー走 |
| 木曜 | イージー走 |
| 金曜 | ポイント練習 + ウェイトトレーニング |
| 土曜 | ロングラン |
| 日曜 | 休息 または 軽い回復走 |
ポイント練習(火曜・金曜)とキーセッション
ポイント練習は週2回(火曜・金曜)に実施し、その日はウェイトトレーニングも組み合わせます。
2023年世界選手権(ブダペスト)前のキャンプで公開されたキーセッションは、8×400m(レスト90秒)です。平均タイムは54.8秒で、4〜5本目の間に4分間の長めのレストを挟む構成でした。
1本あたり54〜55秒のペースは、当時のカーの1500mペース換算で3分20秒前後に相当するスピードです。スピードと持久力の両面を意識したセッションといえます。

また、2021年のサンディエゴ大会ではハーフマラソンを1時間1分51秒で走り、東京五輪に向けた有酸素能力の状態確認を行っています。1500mランナーとしては非常に高い水準の持久力です。
ストレングストレーニング(週2回)が「ゲームチェンジャー」に
カーがトレーニングで大きな変化をもたらしたと強調するのが、週2回のウェイトトレーニングです。「筋力とパワーを高めるだけでなく、故障から遠ざかる意味でもゲームを変えた」とカー本人が語っています。
ウェイトトレーニングはポイント練習日(火・金)に組み合わせることで、イージー走の日を完全な回復日として確保しています。具体的な種目は非公開ですが、中距離ランナーに求められる下半身の爆発力と体幹の安定性を重視した内容と考えられます。
- 週6日・104〜112km。乳酸測定なし、ダブル練習なし
- ポイント練習は火曜・金曜の週2回。その日にウェイトトレーニングを組み合わせる
- キーセッション例: 8×400m(90秒レスト)、平均54.8秒
- 週2回のウェイトトレーニングが故障予防とパワー向上の両方に貢献
「5kmランナーのように練習する」という哲学
1500mは有酸素能力が84%を担う種目
カーが「1500mの選手も5kmランナーと同じように練習しなければならない」と語る背景には、1500mが見かけ以上に有酸素能力を必要とする種目であるという認識があります。
科学雑誌の審査を通った研究(Spencer & Gastin 2001)によると、1500mレースで使われるエネルギーの約84%は有酸素系(酸素を使って持続的にエネルギーを作る仕組み)から供給され、無酸素系は16%にとどまることがわかっています※1。
800mになると無酸素系の比率が34%まで上がることと比べると、1500mは有酸素能力に大きく依存していることが理解できます。
つまり、1500mのパフォーマンスを高めるには、スプリント力だけでなく、5000m・10000mランナーと同様に高い有酸素ベースを作ることが不可欠です。カーの発言はこの生理学的特性と一致しています。
乳酸測定もダブル練習もしない理由
カーのアプローチはノルウェーメソッドとは対照的です。ヤコブ・インゲブリクセンらが1日2回の閾値走(ダブルスレッショルド)と乳酸測定による強度管理を軸にしているのに対し、カーは「乳酸測定はしない、ダブル練習もしない」と明言しています。
カーが最も重視するのは一貫性(Consistency)です。
「トレーニング自体は特別に強烈ではないが、自分がうまくやれることは故障率が非常に低いことで、練習日をコンスタントに積み重ねられる。結果として非常に高いフィットネスレベルに達する」とWorld Athletics誌のインタビューで語っています。
一貫性を担保する手段として、ダブル練習を避けることで各セッション間の回復を十分に確保しています。複雑な強度管理ツールに頼らず、積み重ねた練習への信頼をベースにするアプローチです。

回復こそが差をつける——睡眠・栄養・メンタル
2023年世界選手権(ブダペスト)前の準備についてカーはこう語っています。「誰でも良い練習はできる。差がつくのは練習の合間——睡眠、栄養、回復だ」。
ブダペスト前のキャンプでは、専属シェフの帯同・メンタルコーチとの連携・早起きの習慣化など、トレーニング以外のあらゆる要素を最適化する取り組みを行っています。練習の質を最大化するために、回復の質を最大化するという考え方です。
- 1500mは有酸素エネルギーが84%。5kmランナーと同水準の有酸素ベースが必要
- 乳酸測定なし・ダブル練習なしで一貫性を最優先にする
- 「差がつくのは練習の合間——睡眠・栄養・回復」(Kerr本人の言葉)
高地トレーニング環境
シアトル→アルバカーキ→サンモリッツの3拠点
カーのトレーニング拠点は複数あります。通常の拠点はBrooks Beastsの本拠地であるシアトル(ワシントン州)です。チームとしての練習環境とコーチDanny Mackeyとの連携が整っており、週を通じた練習のベースとなっています。
大会前の仕上げキャンプとしては、ニューメキシコ州アルバカーキ(標高約1,500m)を利用しています。アルバカーキはカーが大学時代を過ごしたニューメキシコ大学のある街でもあり、馴染みのある環境での高地適応が可能です。
2023年の世界選手権前はここで集中的なキャンプを行いました。
夏季にはスイスのサンモリッツ(標高約1,800m)でも合宿を実施しています。2023年夏の合宿が確認されており、ヨーロッパでの試合シーズンに合わせた高地適応を目的としています。
高地トレーニングで何が変わるのか
高地(約2,000〜2,500m)に一定期間滞在すると、酸素分圧の低下に対する生理的適応が起きます。低酸素環境を感知した体がエリスロポエチン(EPO)を分泌し、赤血球の産生が増加します。
その結果、血液が酸素を運ぶ能力が高まり、最大酸素摂取量(VO2max)の向上につながります。
エリートランナーを対象とした研究では、約2,500mの高地に居住しながら低地でトレーニングする方式(LHTL法)を27日間実施した結果、VO2maxが3%向上し、3,000mのタイムも統計的に意味のある水準で改善されました※2。

ただし高地適応の効果は、帰国後2〜3週間で消失し始めます。そのため、大会3〜4週前に合宿を終えるタイミング設計が重要とされています※3。カーが大会前に集中的な高地キャンプを行い、適切なタイミングで平地に戻す戦略もこの研究知見と一致しています。
- 通常拠点: シアトル(Brooks Beasts本拠地)
- 大会前キャンプ: アルバカーキ(約1,500m)で集中合宿
- 夏季合宿: サンモリッツ(約1,800m)
- 高地適応(EPO→赤血球増加→VO2max向上)は帰国後2〜3週で消失するため、大会3〜4週前に合宿終了
カーのトレーニングの科学的根拠
世界クラス中距離ランナーの走行量と強度分配
カーの週104〜112kmという走行量は、「中距離ランナーにしては多い」と評されることがあります。
実際、世界クラスの中距離・長距離ランナー7名の50週間にわたるトレーニングデータを分析した研究では、平均週間走行量は約135kmで、そのうち約88%が低強度(Zone 1)のイージー走であることが確認されています※4。
また、世界選手権決勝進出レベルのランナー1名の1年間ケーススタディでは、週平均146kmの走行量を維持しながらトレーニングを実施していました。
通常期のTIDはピラミッド型(低強度 > 中強度 > 高強度)が基本で、大会6週前からポラライズド型(低強度と高強度が中心で中強度が少ない構成)へとシフトすることも確認されています※5。
カーの走行量はこれらのデータより少なめですが、強度分配の基本構造(低強度でベースを積み、ポイント練習2回でピーク刺激を入れる)は世界クラスのランナーと共通しています。

VO2maxとランニングエコノミーが1500mの主要決定因子
1500mのパフォーマンスを科学的に分析した研究(Ingham 2008)では、国内・国際レベルの800mと1500mのランナー62名を対象としました。
測定した指標は最大酸素摂取量(VO2max)・走行エコノミー(RE:一定のペースを走るときの酸素消費の効率)などで、パフォーマンスとの関係を分析しました。
その結果、VO2maxと走行エコノミーを組み合わせた指標が、1500mパフォーマンスの個人差の約96%を説明することがわかりました※6。
速く走れるランナーの特徴は「酸素を大量に摂取できる能力(VO2max)」と「その酸素を効率よく速さに変換できる能力(走行エコノミー)」の両方が高いことです。
カーが「5kmランナーのように練習する」ことで高い走行量と有酸素ベースを維持しているのは、VO2maxと走行エコノミーを同時に高めるという意味で、この研究知見と整合しています。
持久力指向の中距離ランナーという分類
エリート中距離ランナーを分類した研究(Sandford 2019)では、800〜1500mの選手を「最大スプリント速度(MSS)」と「最大有酸素速度(MAS)」の組み合わせから3タイプに分類しています※7。
そのうち「800-1500mタイプ」は、スプリント速度より高い有酸素速度を特徴とします。
カーのように持久力の土台を重視し、ハーフマラソンでも1時間1分台で走れるトレーニングスタイルは、この持久力指向型の1500mランナーのアプローチとして整合的です。
ピラミッド型TIDが中距離に有効
中距離・長距離ランニングにおけるトレーニング強度分配(TID)を16の研究から総合した分析(Kenneally 2018)では、低強度中心のピラミッド型とポラライズド型のTIDが、閾値強度中心のアプローチよりも効果的であることが示されています※8。
カーのトレーニング構造(週の大部分をイージー走で占め、週2回のポイント練習で高強度刺激を入れる)は、このピラミッド型〜ポラライズド型のTIDと一致しています。
- 1500mは有酸素エネルギーが84%。有酸素ベースの構築が最重要
- 世界クラス中距離ランナーの実測値: 週135〜146km・低強度87〜88%のピラミッド型TID
- 1500mパフォーマンスの約96%はVO2maxと走行エコノミーで説明できる
- ピラミッド型・ポラライズド型TIDが閾値中心より中距離に効果的
市民ランナーへの応用ポイント
まず持久力の土台を作る
カーのアプローチで市民ランナーが最も参考にできるのは「有酸素ベースを優先する」という考え方です。1500mや5kmのタイムを伸ばすためには、スピード練習よりも先に、継続的なイージー走の積み重ねで有酸素能力の土台を作ることが重要です。
週5〜6日のランニングを継続し、そのうち4〜5日をイージー走(会話ができる程度のペース)にすることで、VO2maxと走行エコノミーの両方を時間をかけて高めていきます。
走行量を増やす際は急激な増加を避け、月ごとに10〜15%以内の増加にとどめることが故障予防の観点から推奨されます。
ストレングストレーニングを週2回組み込む
カーが「ゲームチェンジャー」と呼ぶウェイトトレーニングは、市民ランナーにも取り入れやすいアプローチです。週2回、ランニングと同じ日(ポイント練習後)に実施することで、回復日を確保しつつ筋力を高められます。
スクワット・ランジ・デッドリフトなどの下半身複合種目と体幹トレーニングを組み合わせることで、着地衝撃への耐性と推進力の両方を改善できます。
特に週40km以上走り始めた段階から故障リスクが高まりやすいため、ストレングストレーニングの並行実施が有効な予防策となります。
回復を練習と同等に扱う
カーの哲学の核心は「差がつくのは練習の合間」という視点です。
市民ランナーが実践できる形に置き換えると、練習後の睡眠を7〜8時間確保すること、練習後30〜60分以内にタンパク質と糖質を含む食事をとること、強度の高い練習日の翌日はイージー走か完全休息にすることが挙げられます。
「良い練習をすること」と「良い回復をすること」を同等に優先するシンプルな原則は、アマチュアからエリートまで共通する考え方です。
- 週5〜6日のランニングのうち80%以上をイージー走にする
- 週2回のストレングストレーニングをポイント練習日に組み合わせる
- 回復(睡眠・食事)を練習と同等に優先する
参考文献
※1 Spencer MR, Gastin PB. Energy system contribution during 200- to 1500-m running in highly trained athletes. Med Sci Sports Exerc. 2001;33(1):157-162.
※2 Stray-Gundersen J, Chapman RF, Levine BD. “Living high-training low” altitude training improves sea level performance in male and female elite runners. J Appl Physiol. 2001;91(3):1113-1120.
※3 Mujika I. Altitude training for endurance athletes. Int J Sports Physiol Perform. 2019;14(7):943-953.
※4 Kenneally M, Casado A, Gomez-Ezeiza J, Santos-Concejero J. Training intensity distribution analysis by race pace vs. physiological approach in world-class middle- and long-distance runners. Eur J Sport Sci. 2021;21(6):819-826.
※5 Kenneally M, Casado A, Gomez-Ezeiza J, Santos-Concejero J. Training Characteristics of a World Championship 5000-m Finalist and Multiple Continental Record Holder. Int J Sports Physiol Perform. 2022;17(3):352-358.
※6 Ingham SA, Whyte GP, Pedlar C, Bailey ME, Jeffrey I, Nevill AM. Determinants of 800-m and 1500-m running performance using allometric models. Med Sci Sports Exerc. 2008;40(2):345-350.
※7 Sandford GN, Allen SV, Kilding AE, Ross A, Laursen PB. Anaerobic Speed Reserve: A Key Component of Elite Male 800-m Running. Int J Sports Physiol Perform. 2019;14(6):823-829.
※8 Kenneally M, Casado A, Santos-Concejero J. The Effect of Periodization and Training Intensity Distribution on Middle- and Long-Distance Running Performance: A Systematic Review. Int J Sports Physiol Perform. 2018;13(9):1114-1121.









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