- マラソンに向けたランニングトレーニングでは、できるだけ糖質を摂らない方がいいの?
- トレーニング前中後における最適な糖質補給タイミング、方法が知りたい
- レース前中後における最適な糖質補給タイミング、方法が知りたい
フルマラソンレース前やレース中はしっかり糖質を補給するランナーの方も多いと思いますが、普段のトレーニング時はいかがでしょうか?
糖質はランニングのパフォーマンスに強く関係しており、糖質補給を効果的に行うことで、トレーニングの質・リカバリーの質を向上させることが可能です。
私は社会人から本格的にランニングを始めた市民ランナーです。月500km程走り、競技志向でランニングに取り組んでいます。
私自身ランニングを始めた当初は、栄養の補給についてはほとんど何も考えていませんでした。走る時間帯としては夕方で、昼ご飯を食べた後に走ることが多かったので、エネルギーが不足するといったことはありませんでした。
しかし、子供が生まれてから走る時間が早朝になり、朝ごはんを食べる前に走ることが多くなりました。走っているときにエネルギー不足を感じることが多くなりました。
起床直後の早朝は、血糖値が低いことに加えてホルモン分泌や副交感神経が優勢なこともあり、ポイント練習を行ってもなかなかパフォーマンスを高めることが難しいです。
また、走った後にしっかり栄養補給をしないとリカバリー(体の回復)も遅れることになり、次の日に疲労が残ることになります。
最近特に、走る量が増えてくるにしたがってより栄養不足を感じるようになりました。いろいろ調べる中で辿り着いたのが「糖質の重要性」です。
ここでは、ランナーにとっての糖質の重要性を解説し、糖質がどのような役割を持っているかを紹介します。そのうえで、ランナーの、トレーニングおよびレースにおける糖質補給戦略について解説します。
本記事を読めば、糖質の機能を理解することができ、トレーニングおよびレースにおいての糖質補給戦略がわかります。
ランナーにとっての糖質の役割
糖質は人が活動するうえで様々な用途で利用されますが、ここではランナーにとっての糖質の役割に注目して解説していきます。
ランナーにとっての糖質の役割は主に以下の3つです。
- 血糖および筋グリコーゲンとして利用する
- 血糖値を上昇させる(中枢神経への指令)
- 脂肪燃焼のために利用される
- 筋分解を防ぐ栄養素として働く
それぞれ詳しく解説していきます。
血糖および筋グリコーゲンとして利用する
ランニングにおいて糖質を消費する経路は主に2つあります。
一つ目は筋グリコーゲンとして筋肉に蓄えられている糖質を使う経路です。二つ目は血液中の糖質(グルコース)を筋肉に取り込んで利用する経路になります。
図1に、運動時間と主要なエネルギー源からのエネルギー供給割合を示しました。これは、65%~75%VO2max程度の強度(速めのジョギング程度。フルマラソンで走るペースよりは遅い。)における割合の例です。
主要なエネルギー源は糖質と脂質です。筋トリグリセリドと血中遊離脂肪酸はいわゆる「脂肪」です。
糖質のうち、走り始めはほとんどが筋グリコーゲンからの供給になりますが、筋グリコーゲンが減少してくると、血中グルコースからの供給に変化していきます。
血中グルコースは肝臓に蓄えられていたグリコーゲンを分解して血中に放出したものになります。もしくは、糖質を外から摂取すれば、それが血中グルコースとなって筋肉に送られます。
次の図では、運動強度(走る速さ)を変化させたときの、各主要なエネルギー源の割合を示しています。
安静時(25%VO2max)はエネルギーのほとんどを脂質から補っていることが分かります。一方で高強度運動時(85%VO2max)の時は、70%以上のエネルギーを糖質から得ています。
運動をしていないときに糖質を摂取した場合、ランニングトレーニングで失った筋グリコーゲンが合成されます。筋グリコーゲンとして蓄えきれない分は脂肪となって体にたまります。
糖質を代謝する過程で発生する乳酸も糖質代謝の一部とみなすこともできますが、ここでは乳酸代謝については割愛します。乳酸について詳しく知りたい方は次の記事を参考にしてください。
血糖値を上昇させて中枢神経に指令を出す
特に2時間を超えるランニングを行っていると、徐々に血糖値が低下します。血糖値がある一定以上に低下すると、中枢神経から運動を制限する(つまり、糖質の利用を制限する)指令が出ます。
糖質の利用が制限されてしまうと、明確に運動パフォーマンスが低下します。フルマラソンレース中に糖質の利用が制限されるのは、致命的です。
そのような場面で少しでも糖質を摂取すると、血糖値が上向きになります。血糖値が少しでも上がると中枢神経は運動の制限の指令を送りにくくなるため、パフォーマンスの維持可能時間が増加することになります。
脂肪燃焼のために利用される
糖質は脂肪を燃焼するために必要となります。
脂肪からエネルギーを産み出す過程では、糖質を原料としている中間生成物が必須になります。糖質が不足していた場合、脂肪の燃焼効率も低下します。
詳しくは次の記事を参考にしてください。
フルマラソンにおいて、糖質(筋グリコーゲン)が減少し足が動かなくなる現象を「30kmの壁」と呼びます。糖質が減少すると、脂肪の燃焼効率も落ちるため、糖質は必ず不足させてはいけない栄養素と言えそうです。
筋分解を防ぐ栄養素として働く
糖質が十分に存在すると、筋分解が抑制されます。
人がエネルギー不足に陥ると、エネルギー源としてアミノ酸が供給され始めます。このアミノ酸は主に筋肉から放出されるアラニンですが、たんぱく質を分解することでアラニンを放出することになるので、筋分解が進むと言えます。
ランニング中のエネルギー不足は主に糖質の不足が原因です。
筋グリコーゲンと肝臓のグリコーゲンが減少し、体に蓄えられている糖質が少なくなってくると、たんぱく質分解を優勢にすることでアミノ酸をエネルギー源として利用し始めます。
糖質を十分に補給していると、たんぱく質の分解を抑制します。結果的に筋肉の分解が抑制されるため、筋力低下を防ぐことが可能です。
糖質の不足と筋分解に関しては、次の記事で解説しています。
糖質が不足することで起こる適応現象
マラソンランナーにとって、糖質が不足することはデメリットだけではありません。メリットも存在します。
糖質が不足することで起こる適応現象として、ミトコンドリアの新生や機能向上があげられます。
糖質が不足する(=エネルギーが不足する)と、AMPK(AMPキナーゼ)が活性化します。AMPKはミトコンドリアの転写因子であるPGC-1αを活性化します。
結果として、ミトコンドリア新生および機能向上などの適応が起こることが知られています。
同時に、AMPKはmTORC1の活性化抑制を起こします。mTORC1はたんぱく質合成を活性化するための酵素であり、mTORC1が抑制される→たんぱく質の合成が抑制される→筋分解が進みやすい、が発生します。
また、糖質が不足することでハードなトレーニングでのパフォーマンスが上がりにくくなります。ミトコンドリアでのエネルギー産生は糖質が十分に存在する環境で最も効率が高まるためです。
このように、糖質不足はメリットもあればデメリットもあります。糖質を適切に補給してランナーが「速く走ること」に必要な筋力は維持していく必要があります。
トレーニングにおける糖質補給戦略
これまで述べてきたことを踏まえて、まずはトレーニングにおける糖質補給戦略を考えてみます。
トレーニング前
トレーニング前の糖質補給が必要かどうかは、行うトレーニングの種類によって決まると考えています。
糖質補給が推奨されるのは、主に中強度以上のランニングトレーニングです。具体的には、モデレート以上の強度で行うトレーニング前は糖質を充分に補給しておくことが望ましいでしょう。
理由としては、糖質が不足することでトレーニングのパフォーマンスが上がらず、目的としていた強度でトレーニングが行えなくなる可能性があること、トレーニング後のリカバリーが遅れてしまう可能性があるためです。
夕方に走る場合など、昼ご飯をしっかり食べた状態で走る分にはそこまで問題にならないかもしれませんが、特に早朝の起床直後に走る場合は、走る前に何かしらの補給を行う必要があると考えています。
トレーニングまでに十分な時間がある場合は、トレーニング3時間前くらいまでに通常の食事をとります。できれば前日までに十分な糖質を補給しておくことが望ましいです。
トレーニングまでに1時間以内の時間しかない場合などは、エネルギーになるまでの時間が速いバナナやエネルギージェルがおすすめです。
トレーニング中
トレーニング中もトレーニング前と同様に、トレーニング内容によって糖質を補給するかどうかを判断します。
ただ、トレーニング内容によっては、糖質を摂取している時間がほとんどない場合もあり、実質的に糖質補給が不要な場合が多いと言えそうです。
しかし例えば、トレーニング前に十分な糖質補給ができなかった場合などは、トレーニング中も少しずつ糖質補給を行うことが望ましいと言えそうです。
特に、LT強度以上のトレーニングではエネルギー源のほとんどが糖質になるため、糖質が不足しないように都度補給することで、トレーニングのパフォーマンス向上とリカバリー速度の向上が見込めます。
トレーニング後
トレーニング後はリカバリーに必要な糖質補給は必須と言えます。なぜなら、トレーニングが終わった後はできるだけ早く筋疲労から回復し、たんぱく質分解を抑制することが必要だと考えられるからです。
ランニングトレーニング中はあえてエネルギー不足な状態になることでミトコンドリアの新生や機能向上の効果を得られる可能性がありますが、これは「使われている筋肉で起こる」適応です。
ランニングトレーニングが終わった後は、まず必要最低限の糖質は補給する必要があります。トレーニング後できるだけ早く、失った糖質を補給し、リカバリーを行う必要があります。
トレーニング後、通常の食事をすぐにとれる場合は、特別な補給食は不要です。ただ、栄養補給までに時間が空いてしまうようであれば、手軽に摂取できる糖質源で補給を行うことが望ましいです。
糖質を不足させることの意義
摂取する糖質を不足させることでエネルギー不足状態となるため、ミトコンドリアの新生と機能向上が見込めます。有酸素応力が向上しそうです。
しかしデメリットとして、筋分解が進みやすくなることと、ハードなトレーニングでのパフォーマンスが上がりにくくなることがあります。
特にLT強度以上のトレーニングでは、十分に強度を高めることで効果を得ることができるため、糖質不足状態でトレーニングを行うと、100%効果を得ることができなくなる可能性があります。
私自身の意見としては、ランナーにとって糖質を不足させることのメリットは総合的に考えて少ないのではないかと考えています。
レースにおける糖質補給戦略
基本的にレース中の糖質補給が必要になるのはフルマラソンレース以上の距離です。ハーフマラソンまではレース前に摂った食事で十分であると言われています。ここでは、フルマラソンレースを想定した糖質補給について述べていきます。
レース前
フルマラソンレースでは、蓄えられていた筋グリコーゲンと肝グリコーゲンがほとんど減少してしまうため、レース前にどれだけ糖質を体に蓄えておけるかが重要になります。
レース前に筋グリコーゲンをできるだけ蓄えておくことを「カーボローディング(グリコーゲンローディング)」と言います。
レース当日の朝食はレース前4~5時間前には終えておきたいです。とった食事で血糖が上昇し、それが落ち着くまでに比較的時間がかかるためです。
レースの30~1時間前の糖質摂取はできるだけ避けたほうが良いと言われています。そのタイミングで糖質を摂取すると、ちょうどレースが始まるタイミングで「インスリンショック」が発生し血糖値が急低下してしまう可能性があるためです。
レース中
フルマラソンにおいては、レース中の糖質補給が重要となります。
エリートランナーであれば、自分専用の糖質を含んだスペシャルドリンクを準備して、給水による糖質補給ができますが、一般市民ランナーのレベルだと、自ら持ち込んだ補給食か共通のエイドを利用する必要があります。
人の糖質吸収速度の限界値は、グルコース(ブドウ糖)を単体で摂った場合で60g/時間、グルコースとフルクトース(果糖)などを適切な比率で組み合わせた場合で最大90~100g/時間となります。
ただし、高濃度の糖質を摂取すると、腸で吸収される際に、体液との浸透圧差でおなかを下す可能性があります。モルテンジェルを摂取するとおなかを下すランナーがいるのは、それが理由です。
水分と一緒に摂取する、トレーニングの時から補給トレーニングを行うなどして、対策を取る必要があります。
糖質の補給によって血糖の利用が促進され筋グリコーゲンの節約になりますし、肝グリコーゲンも使われなくて済むので、体の糖質減少を少しでも食い止めることが可能になります。
また、レース中の糖質補給は「血糖値の低下」を防ぐことができます。血糖値が下がりすぎると中枢神経から運動制限の指令が出て、筋動作が制限されることになります。
レース中わずかでも糖質補給を行うことで、血糖値を上げ戻すような反応を起こすことで、中枢神経からの指令を出にくくすることができます。
レース後
フルマラソンレース後はいかなる場合でも十分な糖質を補給するべきです。
フルマラソンレースでは体のグリコーゲン貯蔵量が大きく低下します。体へのダメージも大きく、早急にリカバリーをして、できるだけ早期に回復できるようにすることが必要です。
フルマラソンで消費するエネルギーは2500kcal前後であり、このうち糖質は2000kcal前後を占めます。糖質に換算すると500g程度であるため、少なくとも消費した分の糖質は、補給する必要があります。
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